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誰も花を散らさない世界へ~悪役令嬢の私を世界が殺そうとするので、ヒロインと存在しないエンディングを目指します~  作者: 日ノ澤しの
第一章 悪役令嬢は、何もしていない

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第4話 完璧な悪役令嬢


少し時間が進み、学園でのリゼリアの日常のお話です。


“悪役令嬢”になる未来を知りながら、彼女がどんなふうに過ごしてきたのかを描いていきます。




 8歳の春に前世の記憶を取り戻してから、八年が経った。


 私は16歳になった。


 そして今。


「リゼリア様、本日の小論文も満点だったそうですね」


「まあ、ありがとうございます」


「魔法理論も学年主席だとか」


「たまたま得意な分野だっただけですわ」


 私は微笑みながら、そう答えた。


 たまたま。


 そんなはずはない。


 この八年間、私は相当勉強した。


 礼儀作法。歴史。政治。魔法理論。実技。語学。社交。


 王太子の婚約者として必要とされるものは、一通り身につけてきた。


 それもこれも


 ーー破滅したくないから。


 乙女ゲーム『花冠のエリュシオン』。


 通称、花エリ。


 この世界が前世で遊んでいた乙女ゲームの世界だと気づいてから、私は一つの方針を守り続けてきた。


 ヒロインを虐めない。


 攻略対象たちには必要以上に近づかない。


 原作のいやがらせイベントを回避する。


 8歳の私が決めた、破滅しないための三箇条。


 今のところ、それは順調だった。


 ……少なくとも。


 原作の物語が本格的に始まるまでは。


「それにしても、本当にお綺麗ですわね」


「え?」


「リゼリア様です」


 同じクラスの令嬢が、うっとりとした顔で私を見ている。


「髪もお肌も綺麗で、立ち振る舞いまで完璧で……。さすがアーデンベルク公爵令嬢ですわ」


「そんな、大げさです」


「大げさではありません!」


 別の令嬢まで会話に入ってくる。


「先日の礼法試験でも先生からお褒めの言葉をいただいていたではありませんか」


「私なんて、扇の扱いで三度も注意されましたもの」


「あなたは振り回しすぎなのよ」


「だって難しいのですもの!」


 楽しそうに言い合う二人を見て、私は小さく笑った。


 こうしていると、自分が悪役令嬢だということを一瞬忘れそうになる。


 今の私をっ見て、


『いずれヒロインを虐めて破滅する女』


 だと思う人はいないだろう。


 むしろ私は、王立セレスティア学園の中でも、それなりに良い立場にいる。


 アーデンベルク公爵家の令嬢。王太子アルベルト殿下の婚約者。


 成績も上位。魔法実技も得意。


 そして、少なくとも表面上は誰に対しても礼儀正しく接している。


 当然だ。


 原作のような悪役令嬢には、絶対になりたくないのだから。


「リゼリア」


 背後から名前を呼ばれ、私は振り返った。


「アルベルト殿下」


 金色の髪に青い瞳。


 八年前より背もずいぶん高くなった。


 幼い頃から何度も顔を合わせてきた私にとっては見慣れた顔だけれど、周囲の令嬢たちは未だに彼が近くを通るだけで少し緊張するらしい。


「少しいいか?」


「もちろんです」


 私が応えると、アルベルトは手にしていた数枚の紙をこちらへ差し出した。


「来月の王宮晩餐会についてだ。父上から、君にも一度目を通しておいてほしいと言われた」


「分かりました。今日中に拝見します」


「急がなくていい。三日後までで構わない」


「でしたら、明日には」


「……君は相変わらずだな」


「何がです?」


「三日後でいいと言っているのに、明日までに終わらせるところが」


 呆れたような、それでいて少し笑っている。


 私は渡された資料を胸元に抱えた。


「早く終わらせられることを、わざわざ後回しにする必要はありませんもの」


「少しくらい休んでもいいと思うが」


「殿下に言われたくありませんわ」


「俺は王太子だから仕方ない」


「私も将来、王太子妃になる可能性があるのですから同じです」


 言ってから。


 ほんの少しだけ胸の奥がざわついた。


 将来、王太子妃になる可能性。


 原作通りなら。


 私は、ならない。


 アルベルトとの婚約は破棄される。


 そして彼の隣には、別の少女が立つことになる。


 ーーエリシア・ベルナール。


 まだ、学園にはいない。


 けれど、そう遠くない未来に現れる。


「どうした?」


「……いいえ」


「また考え事か?」


「少しだけ」


 アルベルトは時々、こうして私の変化に気づく。


 8歳の頃からそうだった。


 完璧な王子様に見えて、妙なところだけよく見ている。


「無理はするな」


「しておりませんわ」


「君はいつもそう言う」


「殿下こそ」


「俺はしていない」


「昨日、昼食を抜いたと伺いましたけれど」


 アルベルトが黙った。


「……誰から聞いた?」


「秘密です」


「リゼリア」


「きちんと召し上がってくださいませ」


「分かった」


 素直に頷く。


 昔なら、こういう会話をするたびに私は不思議だった。


 画面の中で見ていた攻略対象と、目の前にいるアルベルトが、あまりにも違って見えたから。


 ゲームの中では、彼は王道の王子様だった。


 ヒロインと出会い、彼女の素直さに惹かれ、婚約者であるリゼリアとの関係に苦悩する。


 けれど現実のアルベルトは。

 

 苦手な食べ物がある。朝が少し弱い。難しい顔をして書類を読んでいるくせに、甘いお菓子が好き。


 緊張すると右手の親指を無意識に触る癖もある。


 そんなこと、ゲームでは知らなかった。


 知る必要もなかった。


「では、放課後の評議会で」


「はい」


 アルベルトが去っていく。


 その背中を見ながら、私は小さく息を吐いた。


 距離を置く。


 それが、8歳の私が決めたことだった。


 でも、婚約者である以上、完全に関わらないなんて不可能だった。


 一緒に食事をする。王宮の行事へ出る。将来について学ぶ。


 時にはこうして、学園でも言葉を交わす。


 その一つ一つが積み重なって、いつの間にか。


 アルベルトはもう、私の中で単なる『攻略対象』ではなくなっていた。


「……困ったものね」


「何がですの?」


「!」


 突然隣から声を掛けられ、私は肩を揺らした。


 先ほど話していた令嬢が、不思議そうにこちらを見ている。


「な、なんでもありませんわ」


「そうですか?」


「ええ」


 危ない。


 声に出ていたらしい。


 私は誤魔化すように資料を整えた。


「それより、次は魔法史の授業でしょう?」


「あっ」


 彼女の顔が固まる


「課題を忘れました……」


「……昨日も確認しましたよね?」


「覚えてはいたのです!」


「では、どうして忘れるのです」


「机の上に置いたまま……」


 私は思わずため息をついた。


 すると令嬢は申し訳なさそうに両手を合わせる。


「お願いです、リゼリア様。先生に怒られた時は一緒に謝ってください」


「なぜ私まで謝るのですか」


「リゼリア様が隣にいてくだされば、先生も少し優しくなるかと」


「なりません」


「そんなぁ……」


 そのやり取りに、周囲から笑い声が上がる。


 私も、つられて笑った。


 これが今の私の日常だ。


 勉強をして、友人たちと話して、アルベルトと婚約者らしい会話をして、授業を受ける。


 何でもない学園生活。


 原作が始まる前の、嵐の前のような平穏。


 でも。


 この頃の私は、まだ思っていた。


 ここまで八年間。


 原作のリゼリアとは違う選択をしてきた。


 誰かを虐めることもなく、誰かを陥れることもなく。


 私なりに、真っ当に生きてきたつもりだ。


 だから、このままなら大丈夫。


 そう思っていた。


「リゼリア様」


 授業へ向かおうとしたところで、一人の生徒に呼び止められた。


「何かしら?」


「先ほど先生方がお話しされていたのですが……」


 少女は少し興奮した様子で続ける。


「どうやら近いうちに、この学園へ特別編入生がいらっしゃるそうです」


「特別編入生?」


「はい。地方で、とても珍しい魔力を持つ少女が見つかったとか」


 ーーどくん。


 心臓が大きく鳴った。


「珍しい魔力?」


「光属性だそうですわ」


 周囲の令嬢たちが一斉にざわめいた。


「光属性?」


「まあ!」


「何十年ぶりなのかしら」


 私は何も言えなかった。


 光属性。


 地方で見つかった少女。


 学園への特別編入。


 その条件に当てはまる人物を、私は一人しか知らない。


「お名前も聞きましたわ」


 お願い。


 言わないで。


 そんな願いは叶うはずもなく。


 少女は嬉しそうに、その名前を口にした。


「エリシア・ベルナール様、という方だそうです」


 八年間。


 ずっと避ける準備をしてきた名前。


 私は静かに目を閉じた。


 ーー来た。


 とうとう、『花冠のエリュシオン』の物語が始まろうとしていた。




お読みいただきありがとうございます。


八年間、破滅を避けるために「原作とは違う自分」であろうとしてきたリゼリア。


次話では、いよいよ原作ヒロイン・エリシアが物語の中へ現れ始めます。



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