第10話 証言のずれ
教科書事件について、二人で調べることになったリゼリアとエリシア。
ところが、目撃者たちの話を聞いていくうちに、少しずつ奇妙な点が見つかり始めます。
事件について調べるとは決めたものの、最初に困ったのは、私たちがどこまで自由に動いていいのかということだった。
学園側もすでに事情を確認しており、私が勝手に目撃者を問い詰めれば、今度は「公爵令嬢が証言を変えさせようとしている」などという余計な誤解を生みかねない。
だから翌朝、私はまず担当教師に相談することにした。
「昨日の件について、少し確認したいことがあるのですが」
授業が始まる前、職員室へ顔を出した私に、教師はわずかに眉を上げた。
「アーデンベルク嬢が?」
「はい。私自身が歌画れた事件ですので、何が起きたのか知っておきたいのです。もちろん、証言された方々を責めたり、発言を撤回するよう迫ったりするつもりはありません」
言葉を選びながらそう伝えると、教師はしばらく考えたあとで頷いた。
「それなら構わないが、必ず教師の許可を取った上で話すこと。それと一人で相手を呼び出さないことだ」
「承知いたしました」
「ベルナール嬢も一緒に調べると聞いたが」
「はい、被害を受けた本人ですから」
「珍しいな」
「何がでしょう?」
「いや。普通なら、歌画れた側と被害を受けた側が一緒に調べようとは思わないだろう」
私もそう思う。
けれど、それを正直に言うわけにもいかないので、私は曖昧に微笑んだ。
「私たちなりに、今回の件をはっきりさせたいと思っております」
「そうか。何か分かったら、必ず報告するように」
「はい」
許可を得た私は、廊下で待っていたエリシアのもとへ戻った。
「どうでした?」
「条件付きですが、話を聞いてもいいそうです。ただし、相手を責めるような聞き方はしないことと、必ず学園側に報告すること」
「分かりました」
「それから、あなたは特に勢いで質問しすぎないように」
「どうして私だけなんですか?」
「昨日、『犯人を見つけましょう!』と最初に立ち上がったのはどなたでした?」
「……私です」
「でしょう?」
「でも、ちゃんと気をつけます」
「本当に?」
「本当です」
真剣な顔で頷くエリシアを見て、私はひとまず信じることにした。
最初に話を聞くことになったのは、昨日私が教室へ入るところを見たという令嬢だった。
彼女とは同学年だが、これまでほとんど会話をしたことがない。
教師から事情を説明してもらった上で、放課後に空いている談話室を借り、私とエリシア、それから教師一人が同席する形で話をすることになった。
「申し訳ありません。昨日のことで、もう一度お話を伺ってもよろしいでしょうか」
私がそう尋ねると、令嬢は緊張した様子で頷いた。
「はい」
「私がエリシア様のいた教室へ入るところをご覧になったのですよね?」
「……はい」
一瞬、言いにくそうにしたものの、答えそのものに迷いはなかった。
「どちらから見たのか、覚えていらっしゃいますか?」
「廊下です。私が階段の方から歩いてきた時に、リゼリア様が教室へ入っていくのを見ました」
「時間は?」
「放課後になって、少ししてからだったと思います」
「時計をご覧になりましたか?」
「いえ、そこまでは……」
「では、何か時間の目安になりそうなことは?」
令嬢は少し考える。
「たしか、廊下の清掃をしている方がいらっしゃいました」
「清掃?」
「はい。窓の近くを拭いていて……」
私は教師を見る。
教師も何か引っかかったように眉を寄せた。
「昨日、あの階の清掃は何時だったか確認してみよう」
「お願いします」
次に、私は別の質問をした。
「私が教室へ入るとき、何か持っていましたか?」
「……持っていた?」
「鞄や本などです」
「たしか……」
令嬢は目を閉じて思い出そうとする。
「何も持っていなかったと思います」
「本当に?」
「たぶん……。すみません、そこまでは自信がありません」
「いえ、構いません」
私はメモに書き留めた。
目撃した本人は、私を陥れようとしているようにはやはり見えない。
むしろ、思い出せない部分については正直に「分からない」と答えている。
だからこそ、なおさら不思議だった。
「最後に一つだけ。私の服装は覚えていますか?」
「制服でした」
「上着は?」
「ええと……」
令嬢の表情か曇った。
「着ていらしたと思います」
私は無意識に、自分の胸元へ視線を落とした。
昨日、第二実技室へ行った私は、魔法実技のあとだったため、制服の上着を脱いで持ち歩いていた。
教室へ戻る直前まで、腕に掛けていた。
けれど彼女は、私が上着を着た状態だったと言う。
「……ありがとうございます」
それ以上は聞かず、最初の聞き取りを終えた。
談話室を出たあと、エリシアがすぐこちらを見た。
「今の……」
「ええ」
「昨日の服装と違いますよね?」
「私もそう思いました」
ただ、それだけなら記憶違いで済む。
人間の記憶は曖昧だ。
昨日の私が上着を着ていたかどうかなんて、細かく覚えていなくても不思議はない。
問題は、次の証言だった。
二人目は、私がエリシアの机の前に立っていたところを見たという男子生徒だった。
「教室の中にいたんですか?」
エリシアが尋ねる。
「いや、廊下から見た。扉が開いていたから」
「時間は覚えていますか?」
「鐘が鳴ったあとだったと思う」
「どの鐘ですか?」
「放課後の」
私は思わずエリシアと目を合わせた。
昨日、放課後の鐘が鳴った時、私はまだ授業を受けている。
事件が起きたとされるのは、それよりかなりあとだ。
「そのあと、すぐに教室へ入ったのですか?」
「いや、俺は友人と用があったから、そのまま下の階へ行った」
「では、リゼリア様が教科書を破るところを直接見たわけではない?」
「そこまでは見ていない。ただ、ベルナール嬢の席の前にいたのは確かだ」
ここでも。
核心だけは妙にはっきりしている。
私を見た。エリシアの席の前にいた。
そこだけは断言する。……でも、時間や服装、周囲の状況は曖昧だった。
三人目。
私が教科書を手にしているところを見たという生徒にも話を聞いた。
「教科書の色は覚えていらっしゃいますか?」
「青だったと思います」
私はエリシアを見る。
彼女もすぐに気づいたようだった。
昨日破られた魔法基礎の教科書の表紙は、間違いなく赤色だった。
「青、ですか?」
「……あれ?」
本人が一番驚いた顔をする。
「でも、確かに教科書を持っていて」
「何の教科書かまでは?」
「分かりません。ただ、リゼリア様がベルナール嬢の席のところで、本を持っていたのは……」
また、そこだけは。
「確かです」
そう言い切った。
聞き取りを終えた頃には、空はかなり暗くなっていた。
私とエリシアは一度図書館へ移動し、人の少ない奥の席でメモを広げた。
「……変ですね」
エリシアが小声で言う。
「ええ」
私は三人分の証言を述べる。
一人目。
私が教室へ入るところを見た。服装は上着を着ていた。
二人目。
エリシアの席の前に立つ私を見た。時間は放課後の鐘が鳴った直後。
三人目
私が教科書を持っているところを見た。持っていた本の表紙は青。
でも、実際に破られた教科書の表紙は赤。
「それぞれ違う時間に見ているという可能性は?」
エリシアが尋ねる。
「それも考えましたけれど」
私はメモを指でなぞった。
「問題は、一人目の方が言っていた清掃です。確認が取れれば、ある程度時間が絞れます」
「でも、もし全部本当なら」
「私は何度も教室へ出入りしたことになるわね」
「第二実技室にいながら?」
「そういうことになります」
言葉にすると、あまりにもおかしい。
私は昨日、第二実技室へ行ってから教室へ戻るまで、一度も本館へ来ていない。
それはフェルナン先生が証明できる。
「誰かが変装していたとか」
エリシアが言った。
「可能性としては考えられますわ」
「魔法で姿を変えたり?」
「幻影魔法なら似たことはできます。ただし、かなり高度ですし、人そのものを完璧に再現するのは簡単ではありません」
「じゃあ、できなくはない?」
「できなくはありません」
私は少し考える。
犯人が存在する。その犯人が魔法で私の姿を作った。そして教科書を破った。
ーー今のところ、一番現実的な説明だ。
ただ、それならどうして目撃証言の細部がこんなにバラバラなのだろう。
「それに、変装した人がいたとしても」
エリシアがメモを見ながら言った。
「どうして皆さん、細かいところは違うのに『リゼリア様だった』ってところだけは絶対に間違ってないって言うんでしょう」
「……そこなのよね」
一番気になるのはそこ。
何時だったかは曖昧。服装も曖昧。持っていた本の色すら違っている。
でも、『リゼリアだった』という記憶だけは、誰も揺らがない。
「もし」
私は言葉を選ぶ。
「もし、誰かが私に化けていたとして」
「はい」
「普通なら、顔や髪、服装のどこかに違和感を覚える人がいてもいいと思うの」
「そうですね」
「それなのに、皆さんは最初から疑っていない」
見たのが私だと全員が確信している。
「……ちょっと怖いです」
エリシアが小さく呟いた。
「あなたが言うと、余計に怖くなるからやめてください」
「すみません」
「でも」
私はもう一度メモを見る。
「たしかに、気味が悪いわね」
原作では、この事件にこんな謎なんてない。
リゼリアが教科書を破った。エリシアが傷ついた。
それだけの単純な嫌がらせイベント。
少なくとも、プレイヤーから見れば。
でも、今は違う。
私はやっていない。そして、誰かが私を見たと言う。
「リゼリア様」
「何?」
「そのノート……」
エリシアが私の手元を見る。
一瞬、心臓が跳ねた。
「ノート?」
「いえ、昨日から時々、何か確認されているようだったので」
危ない。
彼女が指しているのは、事件について書いたメモではない。
鞄の奥に入れてある、原作について私が前世の記憶から書き残したノート。
「気のせいですわ」
「そうですか?」
「ええ」
私は平静を装った。
今はまだ、この世界がゲームだったなんてエリシアに言うつもりはない。
「それより、次は教室そのものを確認しましょう」
「明日ですか?」
「ええ。事件当時の出入りや、魔法の痕跡が残っていないか、先生にも相談してみます」
「分かりました」
エリシアは頷いたあと、少しだけ考えるように私を見た。
「リゼリア様」
「今度は何?」
「やっぱり、変です」
「事件が?」
「それもですけど」
そこで彼女は言葉を止めた。
「……なんでもありません」
「また?」
「すみません」
「あなた、そればかりですわね」
「いつかちゃんと話します」
「その『いつか』がいつなのか、私は非常に気になっていますけれど」
「なるべく早く……」
「なるべく?」
「……頑張ります」
私は小さくため息をついた。
本当に、エリシアは何かを隠している。でも、今日のところは事件の方が優先だ。
私はメモをまとめ、鞄へしまった。
「帰りましょう。これ以上遅くなると、今度はご家族が心配しますわ」
「はい」
二人で図書室を出る。
その途中、私はふと立ち止まった。
「リゼリア様?」
「……一つだけ」
「何ですか?」
「昨日、あなたが教室へ戻った時」
私はエリシアを見る。
「最初に教科書を見つけたのは、誰だった?」
エリシアは少し考えて、そして。
「……分かりません」
「分からない?」
「はい。私が戻った時にはもう皆さんが机の周りにいて」
「では、誰が最初に見つけたのか聞いた?」
「……いえ」
私たちはまた顔を見合わせた。
妙なことばかりだ。
誰が壊したのか分からない。誰が最初に見つけたのかも分からない。
目撃者はいる。なのに、証言はかみ合わない。
私は誰かに陥れられたのだと思っていた。……でも、もし本当に犯人がいるのだとしたら、その人は一体、どんな方法でこんなことをしたのだろう。
そして、どうしてそこまでして私を『悪役令嬢』に仕立てる必要があるのだろう。
そこまで考えて、私はすぐにその言葉を頭の中から追い払った。
まだ何も分かっていない。勝手に結論を出すのは早い。
今はただ、確かなことを一つずつ調べればいい。
そう自分に言い聞かせながら、私はエリシアと並んで夕暮れの校舎をあとにした。
お読みいただきありがとうございます。
目撃者たちは確かにリゼリアを見たと言うのに、時間や服装、持っていた物など、細かな部分は少しずつ食い違っていました。
次話では、リゼリアとエリシアが事件の起きた教室を調べる中で、さらに不可解な点が見つかっていきます。




