対抗戦の前
王立学園の歴史は浅い。
設立されたのが今から五年前、クインシーが中等部一年生になった時である。
すなわちクインシーらは第一期生。
彼らの上の学年はいない。
なので彼らは常に教師たちからこう言われていた。
「我が校の伝統を作るのは君たちだ。君たちには先輩がいない。社会に出た時、引き立ててくれる繋がりがない。我が校と名門私立校は常に比較されるだろう。能力が同じなら、名門私立校の卒業生は母校を同じくする後輩を引き立てようとするだろう。君たちはそんな相手と競争して勝たねばならない。名門校に負けるな! 卓越した知性で、圧倒的な実力で、ライバルに差をつけ、道を切り開くのだ! 君たちが切り開いた道を後輩たちもまた通る。君たちが道を作るのだ!」
そう声をかけられ続けて五年。
高等部二年生になったクインシーらの学年は高い実力と、それ以上に高い自己評価を備えるに至っていた。
何しろ上の学年がいないので、いつでも自分たちが最上級生、頭を下げるということがない。
自分たちが一番年上、一番偉い。
伝統を作るのは自分たち。
We are the No.1!
そんな意識で育てられれば自己評価も上がって当たり前。
設立から数年は教師たちもまだ様子を見ていたが、第一期生が高等部一年になった時、名門私立校に挑戦状を叩きつけた。
学校同士の対抗戦である。
いくつかある名門校の中で比較的与しやすい相手をまず撃破。
勝利によって自信をつけて、だんだんと相手校のランクを上げて、次々と打ち破ってきた。
そして今年。
王都全体が注目する中、満を持して、名門中の名門、私立校の頂点、押しも押されもせぬ最高峰、四百年の伝統を誇るアルビオン・カレッジに対抗戦を申し込んだのである。
挑んだ種目と結果は以下の通り。
・ボートレース……王立学園の圧勝!
・詩作……惨敗
・ラグビー……王立学園の快勝!
・クリケット……惜敗
・弁論……王立学園の完勝!
・合唱……完敗
……王立学園、脳筋疑惑。
『体力勝負では勝っても、芸術ではボロ負け。歴史の長さは四百年VS五年。新設校の限界か?』というのが新聞社によるコメントである。
書いた記者はアルビオン・カレッジの卒業生なのかもしれない。
これに奮い立ったのが芸術系科目の教師陣と芸術系の生徒たちである。
王立学園が芸術で劣るなどという不名誉な評価を覆さなければならない。
打倒、アルビオン!
芸術でも勝てるってところを見せてやれ!
残る種目は……『演劇』で勝負だ!
というわけで。
演劇対決を間近に控えて、王立学園はお祭りムードに沸き立っているのだった。
※
「演目はシェイクスピア劇よ!」
演劇部部長、ヴィヴィアン・レイヴンズは自信満々に宣言した。
場所は王立学園北棟の小会議室。
対抗戦実行委員会の会合である。
演劇対決なので、中心になるのはもちろん演劇部。
ヴィヴィアンは輝くような金髪の華やかな美貌で、声が大きく、態度も大きい。
男子の副部長もいるが影が薄くて目立たない。
そもそも男子を押しのけてヴィヴィアンが部長の座に就いた経緯には、支持者にお茶とお菓子を大盤振る舞いして買収した疑いが囁かれている。
褒められたことではないが、部長選挙に当たって部員を買収してはいけないという決まりはないので、ヴィヴィアンはグレー寄りの白とされているのだ。
「アルビオンのやつらが上演するのは『ロミオとジュリエット』だって情報は掴んでるのよ。あっちがシェイクスピアで来るなら、こっちもシェイクスピアで迎え撃つ。真っ向勝負よ!」
そんなヴィヴィアンに疑問を呈したのは、新聞部部長カーティス・スプリングフィールド。
「シェイクスピアぁ~? つまんなくない? そんな手あかのついた古典とかさあ、みなさん見飽きてるでしょー。もっと新鮮なやつの方がよくない? 色々あるでしょ、現代喜劇とか怪奇ものとかさあ」
口調は不真面目だが、言っていることには一理ある。
そうだそうだと賛同する声が上がる。
だがヴィヴィアンは動じない。
余裕のポーズでフッと皮肉な笑みを浮かべる。
「手あかのついた古典だってね、アレンジ次第で新鮮な台本に生まれ変わるのよ」
「へー。で、誰がアレンジすんの。新鮮な台本、あんた書けるの?」
「私でも書けるけど、それより効果的な人材がいるでしょ。彼女に書いてもらうわ」
そう言ってヴィヴィアンが指し示したのは現役小説家セリーナ・ウィンター。
実行委員ではないのに、なぜかこの会議に同席していたセリーナは無言でカーティスに会釈した。
「えー、ウィンター嬢が? そりゃネームバリューあるから審査員がファンなら加点がもらえるかもしんないけどさ」
ネームバリューで加点?
セリーナの眉が片方上がった。
馬鹿にしないで、名前を伏せたって面白さだけで評価させてみせるわ。
そんな内心をおくびにも出さず、淑女の笑みを浮かべる。
「御心配には及びませんわ、スプリングフィールド様。こちらには勝算がありますの」
「へー、なんか企んでるんだ?」
「企みというほどでもございませんけど」
セリーナがちらりと目線を送ると、ヴィヴィアンはニヤリと笑みを浮かべた。
いかにも悪だくみに慣れているという感じの悪役っぽい笑い方。
五年間の付き合いで、彼女が幼女のような無垢な笑みから悪女のような毒々しい笑みまで実に多彩な笑い方を演じ分けられると知っている。
今の彼女は『こっちに賭ければ勝利間違いなし』といった必勝法を知っているギャンブラーのような笑い方をしている。
「あのね、あっちは男子校でしょ。こっちは共学なのよ」
「うん、そうだね。それが?」
「女役を男の子が演じなきゃならないあっちに対して、こっちは本物の女の子が演じられるのよ。この強みを活かさない手はないわ。大人気作家セリーナ・ウィンターが書く斬新なシナリオ、それを演じる本物の美少女たち!」
ヴィヴィアンの大きな瞳がキラキラと……いや、ギラギラとした欲望の光を放つ。
今朝見た新聞の写真がセリーナの脳裏をよぎる。
父親と娘、自我の強さを感じさせる瞳の輝きが良く似ている。
ヴィヴィアンの脳内では、舞台で拍手喝采を浴びる自分の姿が本番さながらの臨場感で映し出されているのだろう。
今にもアンコールに応えるバレリーナのようなお辞儀をしそうだ。
この自己顕示欲の塊みたいな少女の魅力を最大限に引き出す台本……それはセリーナの頭の中に既にある。
書きたい……書きたくてうずうずする。
絶対に面白い本になるわ!
「女装男子なんか目じゃないわ! 私たちの魅力で審査員の視線を釘付けにしてやる!」
「なんだそれ。勝算の根拠が女の魅力って、馬鹿すぎねえ? ……あ、すみません、なんでもないです」
カーティスは女子一同にギン、と睨まれて日和った。
「ではシェイクスピアということで、異議のある方いらっしゃいます? ……いらっしゃいませんわね」
セリーナの中にある勝算は女の魅力だけではない。
女役を本物の女子が演じる……そのメリットは男子が気づかないだけで、まだまだあるのだった。




