14話 偏執か、それとも恐怖か?
チャオとザオは顔を見合わせると、そのままエリスの胸へ飛び込んだ。アーサーは少し離れた場所に立ち、その様子を眺めていた。
エリスは二人のプリンセスをぎゅっと抱きしめた後、アーサーへ視線を向ける。
「あなた! どうしてお母さんを抱きしめてくれないの?」
「僕は……遠慮しておきます……」
「ええええええええっ!?」
アーサーの意識は、まだ女性との距離の近さに慣れていなかった。
前世で彼がずっと独り身だった理由はただ一つ。
仕事が忙しすぎたからだ。アーサーはしばらく黙って立っていたが、やがてゆっくりと動けなくなった盗賊たちの方へ歩き始めた。彼らが動かせるのは眼球だけだった。そのうちの一人が突然身体を反らせる。静まり返った地下室に、不快な骨の軋む音が響いた。
チャオとザオは、二人を抱きしめたままのエリスの肩越しにアーサーを見つめる。
どうやらエリスの弱点は、可愛らしい小さな子供たちらしかった。
アーサーはアルマの死を嘆いていた盗賊の前まで歩いていく。そして真っ直ぐその目を見つめた。
男は何も言えない。赤く充血した目からは、今も涙が流れ続けていた。アーサーはその男を軽く押した。盗賊は鈍い音を立てて地面へ倒れ込んだ。
身体は動かないままだったが、その目だけは小刻みに震えていた。涙は今も頬を伝い、汚れた筋を作っている。アーサーはしばらく無言でその男を見下ろしていた。
鈍い物音を聞いたエリスとプリンセスたちは振り返り、アーサーが盗賊の胸の上に乗り、その首に両腕を絡めている姿を目にした。男は抵抗することができなかった。まだエリスの麻痺魔法を受けていたからだ。
「アーサー!」
エリスとザオはすぐに駆け出した。チャオだけはその場に立ち尽くしたまま動けなかった。大きく見開かれた瞳はアーサーへ釘付けになっていた。
アーサーの下で横たわる盗賊の口からは泡が流れ出ていた。目は白目を剥き始めている。
喉からは掠れた音が漏れ、瞼はゆっくりと閉じ始めていた。エリスとザオは駆け寄るとアーサーを引き離そうとした。
「アーサー! やめなさい!」
「あなた! どうしたの!?」
「やめて! このままじゃ死んじゃう!」
しかし引き離すことはできなかった。
その力は異常なほど強く、エリスが持ち上げようとしても、アーサーは盗賊にしがみついたまま首を締め続けていた。チャオは再びその場に膝をついた。足がもう身体を支えられなかった。
盗賊たちは仲間を助けることもできず、その光景を見つめることしかできなかった。
エリスが開けた天井の穴からは月明かりが差し込み、真っ直ぐアーサーを照らしていた。
盗賊はすでに死んでいた。それでもアーサーは手を離さない。
誰も彼を止めることができなかった。
「もうやめなさい、アーサー! 一体どうしたの!?」
なぜだ?どうして僕はこんなことをした?ああ、そうか……
いつかこいつがアルマの仇を討ちに来るんじゃないかと思ったんだ……
盗賊の目を見た瞬間、アーサーは想像してしまった。もしこの男が処刑されなければ。きっと一生、自分を追い続ける。愛する女の仇を討つために。
まるでアーサーの身体そのものが勝手に動いたかのようだった。盗賊は白目を剥いたまま動かない。
呼吸はすでに止まっていた。心臓も動いていない。
「アーサー……」
ようやく首から手を離した瞬間、アーサーはエリスの腕の中へ引き寄せられた。
エリスは彼を強く胸へ抱き締める。
「お母さんがいるわ……お母さんがいるから大丈夫……」
アーサーの思考は混乱していた。
まだ起きてもいない未来を恐れただけで人を殺す。
それは北村健太の考え方ではなかった。
しかし日本人としての人格と、前世の世界で培った常識は、少しずつ薄れていこうとしていた。
ザオはそっとアーサーの手を握った。
「エリス様!? こちらにおられましたか!」
そこへノエル率いる騎士団が姿を現した。
彼は地下通路の角を曲がり、部下たちと共に現れる。
そして目の前の光景を見た瞬間、その場で凍り付いた。
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