What is music to you(4)
「いやあ、お待たせ」
数瞬漂っていた静寂を裂くように背後から馴染みのある声が聞こえる。首を回らすと後方の扉から教室に入ってくる圭一の姿があった。
「おう、お疲れ」
僕は少し慌て気味に右耳からイヤホンを外す。
「ごめんね、急に仕事が入っちゃって」
「べつにいいよ。たいした待ち時間でもないし」
「御堂くん、五組の勧誘の方はどうだった!?」
石川が机から身を乗り出すようにして言う。その眼差しからは期待の光が漏れている。
しかし、圭一は軽く肩を竦めた。
「残念ながら全滅だったね。経験者も、今から始めてくれるっていう人もいなかったよ」
「そっかあ……」
石川は無念そうに椅子へ腰を戻す。
「六組の方はどうだったんだい? といってもその感じだと」
「うん、ご察しの通りだよ……まあ、まだ半分ぐらい声かけてない人がいるけど」
「あと、すげえ態度悪いやつがいた」と、僕は石川の後に続けた。やはり今日の結果を語るとなると、自然とあの男の姿が思い起こされる。
「態度の悪いやつ、というのは?」
隣の席まで来た圭一は、椅子の背もたれに軽く腰を乗せ、さほど興味の無さそうな声で聞き返してきた。
「昼休みの最後に声をかけたやつなんだけど」と、僕は男について簡単に説明する。
教室の片隅で両耳にイヤホンを付けて机に突っ伏していた佇まい。話せば顕示された冷ややかで刺々しい振る舞い。改めて口に出すと、今さらながら自分も少し腹が立ってきた。
ひと通り僕が話し終えると、圭一は「ああ」と納得したように口を開く。
「なるほど。たぶん、土田くんのことだね」
「土田? 知ってるやつだったのか?」
「うん、土田悠人くん。一年の時に同じクラスだったんだ」と、圭一は続ける。
「入学してすぐから、もうそんな感じだったよ。授業中と昼ご飯を食べる時以外はずっと、授業の間の短い休み時間でもいつもイヤホンで何か聞いていたし。たしか部活も入ってないみたいで放課後もすぐに帰ってたなあ」
「じゃあ圭一は話したこと無いのか?」
「そうだね、席も離れてたし。というよりも、僕以外のクラスメイトと話している姿もほとんど見たこと無いよ。べつに誰かと不和があるっていうわけでもなかったんだけど。まあ、彼自身から、話をかけてくれるなっていうオーラは滲み出てたね」
「ああ、たしかにな」
それは強く共感する。たった数分接しただけだが、いじめられたりするようなタイプではないような気はした。誰かと対立するようでもない、とはあの応対をされた後では言い難いが。強いて言うなら、自ら孤立を求めているといった様相であった。まあ、どうせ今後話す機会も無いのでどうでもいいことだが。
「それはともかく」と、圭一が石川を向いて言う。
「もし二年生が全滅だったら、次は一年生に声をかけていくんだったよね?」
「うん、そうだよ。三年生は受験勉強とかで忙しいだろうから最後の手段で」
「なるほど。それじゃあ僕は明日からそっちに手を回していこうかな。新聞部の後輩にも声かけを手伝ってもらえないか頼んでみるよ」
「おお! ありがとう!」
石川は嬉しそうに声を上げた。その顔を一瞥した後に僕は上半身だけで軽く伸びをする。
「さてと、それじゃあ帰るか」
「そうだね」と、石川がCDプレーヤーを鞄に戻す。
立ち上がろうとした瞬間、廊下の方から物音が聞こえた。イヤホンを外した今ならよく聞こえる。スリッパで床を踏む乾いた足音。それは少しずつ音量を上げてこちらへ近づいてくる。
デジャヴだ、と僕は後方の扉を見遣った。きっとそこに一人の男性教師が現れる。
「お、いたいた」
予想は容易に具現化した。
開けっ放しにしたドア枠に姿を見せたのは先週と同じ服を身に纏った笹崎だった。相変わらずスマートという言葉が見合う風貌だ。彼はその長い足を二、三歩動かして室内へ入る。
「こんにちは。どうかされましたか?」
圭一が丁寧に尋ねる。たしかに僕らに用があるような一言目だった。
「おう、ちょっとお前らを探してたんだよ」と、笹崎は言う。
「先週、バンドでベースを探してるって言ってたよな」
「はい、ですね」
「それってもう見つかったのか?」
「いや、まだです……」と、石川が悄然と答える。
すると笹崎は「そうか、じゃあよかった」と、こぼした。その言葉の意味が分からなかった僕たち三人は一斉に笹崎の顔へと視線を向ける。
「よかった、というのは?」
僕が問うと、笹崎はその彫りの深い相好を僅かに崩した。
「いたぞ、ベースやってるやつ」




