What is music to you(5)
「えっ」
石川が反射的に声を上げて立ち上がった。ガタッ、と椅子が床の上で小さく跳ねる。
「本当ですか!?」
「ああ」と、笹崎は彼女の語勢に動じず落ち着いた様子で続ける。
「玖賀野駅から少し歩いたところに 『Youth road』っていうスタジオがあるだろ? 俺、そこの店長と昔からの知り合いなんだけど、そいつからベースで一人いいやつがいるって聞いてな。今はちょうど誰ともバンドを組んでないみたいなんだよ」
「なるほどです。あ、でもじゃあ、うちの学校の人ではないんですね……」
石川の声は風船が割れたように萎んでいく。僕たちは出来る限り自分たちと同じ学校の生徒でメンバーを探している。先日、石川は文化祭でライブをしたいと語っていた。もし本当に決行するのであれば、なおさら校内の人間である方が都合が良いだろう。
「大丈夫」
しかし、次に笹崎の口から出た言葉は彼女の無念を晴らすものだった。
「ここの学校の生徒だよ。たしかお前たちと同じ、二年生って言ってたぞ」
「え」
次は僕が思わずこぼしてしまった。
「ええ!?」と、石川も後から続く。圭一は少し意外そうに目の形を変えるだけだった。同じ学校というのはまだ分かる。未だ僕たちは一、三年生の四〇〇を超える生徒に声をかけていなかったからだ。
だがしかし、二年となるとさすがに驚きを隠さずにはいられない。つまり、僕たちが声をかけていない残りの約二〇人程度の中にその一人がいるということか。まあ、探し物をする時に終盤にならないと見つけ出せないというのはよくあることではあるが。
「それって何組の人ですか!? 名前は!?」
「落ち着け落ち着け」
興奮気味に捲し立てる石川を僕は制する。そこまで焦る必要も無い。六組の人間であることは間違いないのだから。
「たしかクラスは六組だったっけな」
それは既に分かっている。重要なのは名前だが――
「土田ってやつなんだけど、知ってるか?」
なるほど、土田、というのか。
……土田?
「は?」と僕が、
「へ?」と石川が、
「え?」と圭一までもが、ほぼ同時に声を漏らした。
それから数秒の間、僕たち三人は言葉を発さなかった。発せなかった。時間の流れにポッカリと穴が空いたような静けさにあって、つい数時間前の出来事を瞬く間に否定された衝撃が頭の中を支配していた。
「……どうした?」
唖然とする僕たちの反応を見た笹崎は怪訝そうに尋ねてくる。
「あ、いや」と、僕は動揺を拭えないまま口を開く。
「土田って……土田悠人ですか?」
「ああ、そうそう、土田悠人。なんだ、友達だったのか?」
「いや、友達っていうわけじゃないんですけど……」
どうやら同じクラスに同姓の人間がいるわけではないらしい。間違いなくあの態度の悪い男のことのようだ。
「その土田くんに声をかけたんですよ、今日の昼休み」と、石川が続ける。
「そしたらベースなんてやってないって言ってたんですけど……本当に土田くんなんですか?」
「ああ……なるほどな。いや、間違いないと思うぞ」
彼女の言葉を聞いた笹崎は驚く素振りも見せず、むしろ何か合点がいったように頷く。その言動の意味がさっぱり理解できない僕たち三人は再び視線で問う。笹崎はそれに応えるように口を開いた。
「たぶんお前たちが断られた理由は――」
彼が喋り始めたその瞬間、教室に校内アナウンスを知らせるチャイムが響いた。反射的に黒板上のスピーカーへ目をやる。
『笹崎先生、笹崎先生、至急、第一会議室まで来てください』
繰り返します、ともう一度同じ台詞が続く。やや渋みのあるこの声はたぶん教頭だ。心なしか威圧感を纏っているようにも感じる。
アナウンス終了の鐘が鳴ると同時に僕は視線を戻す。するとそこには、先ほどまでと打って変わって険しさを顔に浮かべた笹崎の姿があった。
「やっべえ……そういえば今日、職員会議があるんだった」
その声は濃い焦りに染められている。
「すまん! 続きはまた今度話す!」と、笹崎は機敏に振り返った。
「えー! そんな途中で止められたら気になるじゃないですか、最後まで聞かせてくださいよ!」
しかし、石川は無慈悲にも引き止めようとする。
「勘弁してくれ、前も会議遅刻して教頭にどやしつけられたんだから」
それは自分が悪いのではないだろうか。
「そういうことで、また今度な」と、笹崎は足早に廊下へ出て直角に方向を変える。
しかし一歩足を進めたところで止まり、もう一度こちらへ向き直った。
「すぐに話が聞きたいなら、さっき言ったスタジオに行って店長に会ってみな。土田も学校帰りに毎日寄ってるらしいから、実際に弾いてるところも見れると思うぞ」




