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シークレットトラック  作者: 豊岡和人
What is music to you
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27/84

What is music to you(2)

「あ、ねえねえ、今思いついたんだけど、これどうかな?」


 そう言って石川は隣で鼻歌を歌い始めた。それまでの会話との脈絡に欠けていたが、きっと作曲の一節として頭に浮かんだフレーズを口ずさんでいるのだろう。前に聞かせてもらった二曲よりもスローテンポで穏やかな印象の曲調だ。


 先日のバンド会議から休日を挟んだ月曜日。昼食を食べ終えた僕と石川は予定通り六組の教室へと向かっていた。


「ね、どうかな?」と、鼻歌を止めた彼女は揚々と感想を求めてくる。


「なんていうか、郷愁を誘うような感じの曲だな。前の二つよりも落ち着いた雰囲気で、これはこれで好きだよ」


 そう返すと、石川はすぐさま満面に喜びを浮かべる。素直に嬉しがられて、僕は思わず呆れそうになった。もちろん述べた感想に嘘偽りはないが、しかしあまりにも純粋に受け入れ過ぎではないだろうか。


 仮に僕なら同じように褒められても、間違いなく少しは疑念を抱く。お世辞ではないだろうか、聞こえの良い台詞を無理やり絞り出しているだけではないだろうか、と。我ながら酷く捻くれているとは思う。きっとそれは何にしても自分に自信を持てていないからだ。


 逆に石川は無意識ながら自信に満ち溢れているのだろう。他人の言葉を何も疑わずに受け入れることができるほどの、音楽に対する自信が。


 程なくして六組の教室へと辿り着いた。ベース担当の獲得を期待、もとい切望しながら中へと足を踏み入れ、早速入口の一番近くにいる生徒から声をかけ始める。


『ごめん、部活が忙しいからさ』


『放課後や休日は塾があるんだ。勉強以外の事やってる暇なんてないよ』


『ベースって弦の本数以外ギターと何が違うの? 必要なの?』


 今日も今日とて、それら三つの台詞をループして聞かされる羽目となった。予想していたとはいえ落胆してしまう。


 しかしながら、石川はそんなにべもない応対一つひとつに勧誘の言葉を、バンドや音楽の魅力を伝えていく。熱心なその姿を前にして黙ったままでいるのも落ち着かず、僕も随所でフォローを入れる。だが結局行き着く答えは全てNOだった。


 気づけば時間は過ぎ、昼休みも残り数分となっていた。今日は話せてあと一人。誰に声をかけるか、と改めて教室を見回してみる。すると、一人の生徒が目に留まった。


 最後列の窓際の席に座る男子生徒だ。


 男は両耳にイヤホンを差し、机上で重ねた両腕に顔を埋めている。その体はちゃんと呼吸をしているのか不安になるほど微動だにしていない。茶色の短髪だけが開け放たれた窓の外から吹く風に揺れている。イヤホンで両耳を塞いで机へ突っ伏すその姿は、外界との関わりを露骨に断っているように見て取れた。


 他のクラスにも何人かいたが、こういうタイプが一番話をかけづらい。声をかけてくれるな、という雰囲気が滲み出ている。


 ところがそんなことをまったく問題にしないのが石川彩音という人間だ。彼女は何の逡巡も無く、その男子生徒の席に駆け寄った。僕も遅れて続く。


「ごめん、ちょっといいかな?」


 石川の快活な声が男に浴びせられる。しかし毛ほども反応が返ってこない。


「あのー」


 少し声を大きくする。男は変わらず微動だにしない。


「ねえねえ」


 彼女は男の後頭部付近で左手を軽く扇いでみせる。後ろ髪が小さく靡くが、やはりそれ以外の体の動きは無い。


「聞こえてないのかな」と、石川は両手を机の縁に置いた。振動を与えて気付かせるつもりなのだろうが、僕はそれよりも彼女の右手が机に触れた瞬間に響いた硬質な音にギョッとした。幸い周囲の席には誰も座っておらず、違和感を覚えた者はいなさそうだ。


 彼女が机に触れた振動で気づいたのか、それとも気づいていないふりをやめたのか、どちらにせよ男はのそりと重たそうな頭を上げた。そのままこちらに向けられた吊り目がちの瞳には、鬱陶しそうな感情が湛えられている。そして両耳からイヤホンを外して口を開いた。


「なに」


 鋭い印象を与えられる顔立ちに似合った、低く険のある声で放たれたその二文字には、明らかに僕たちを拒絶する意思が乗せられていた。しかし石川は一切歯牙にも掛けずに、幾度と無く繰り返してきた勧誘の言葉を送る。


「寝てたなら起こしちゃってごめんね。突然なんだけど、君、ベースやってたりしない? あ、ベースって楽器のベースのことなんだけど」


 彼女が言い終えると、男は一瞬瞼をピクリと動かした後で眉をひそめた。先ほどまでにも増して不機嫌そうな表情だ。


「やってない」


 男は最低限の情報だけを冷ややかに口にする。


「そっかあ。じゃあさ、今から始めてみる気はない?」と、石川は怯むことなく続ける。


「ベースを始めて私たちと一緒にバンド組まない? 音楽って楽しいよー。楽器を弾くのも、人と音を合わせて曲を演奏するのも! だからもしよかったら――」


「ベースを始める気も、バンドを組む気もない」


 よりいっそう素気無い声を吐き出し、男は両耳にイヤホンを付け直した。そして、これ以上話すことは無いと言わんばかりに再び机に突っ伏す。


 その姿を見た石川も、それ以上言葉を続けることはなかった。

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