第5章:絶対的権力者(モンスター)の逆鱗。暴かれた「種無し」の真実
「この役立たず! 散々私をこき使っておいて、妊娠してないですって!? あんたも結局、あの美咲と同じ『石女』じゃないの!!」
和子の金切り声がリビングに響き渡った後、空間に重苦しい沈黙が落ちた。
ワイングラスをテーブルに置いた麗奈は、爬虫類のように冷酷な目で和子を見据え、それからゆっくりと健太へと視線を移した。
「……美咲と同じ?」
地を這うような低い声だった。
健太はヒッと息を呑み、和子も自分の致命的な失言に気づいたのか顔面を蒼白にしている。
「ねえ、健太。前妻も妊娠しなくて、私も妊娠しない。……これって、どう考えても原因はあなたにあるんじゃないの?」
「ち、違う! 俺は正常だ! 優秀な俺に欠陥があるわけない! 絶対にあの検査が間違ってたんだ!!」
パニックに陥った健太が、思わず叫んだ。
その瞬間、麗奈の目がスッと細められた。
「検査? ……あなた、自分が原因で引っかかったことがあるの?」
「あ……」
「答えなさいよ!!」
麗奈の怒鳴り声に、健太はビクッと肩を跳ねさせ、情けなく後ずさりをした。
優秀なエリート上司の顔の裏に隠された、麗奈の底知れない計算高さと執念深さ。職場でそれを誰よりもよく知っているのは、健太自身だ。
「い、いや、その……前に一度だけ検査して、無精子症だって言われたんだけど……でもあれは絶対に誤診で……」
「はぁ!? あんた、自分が種無しだって知ってて私を騙したの!?」
麗奈はヒールを踏み鳴らして詰め寄ると、健太の胸ぐらをガシッと掴み上げた。
「明日、有休を取りなさい。今すぐ私立の専門クリニックを予約する。そこで白黒はっきりつけてやるわ!」
「や、やめてくれ! 俺は……!」
「黙れ!!」
翌日。
麗奈に首根っこを掴まれるようにして連行されたクリニックで、健太は再び残酷な現実を突きつけられることになった。
『精液の中に精子は一つも見当たりません。完全な無精子症です』
医師からの非情な宣告。
誤診でも何でもなかった。健太には、最初から子供を作る能力など微塵も備わっていなかったのだ。
診察室を出た途端、健太は膝から崩れ落ちて号泣し始めた。
「嘘だ……俺の優秀な遺伝子が……うわああああん!!」
しかし、そんな彼を見下ろす麗奈の目に、同情の色は一切なかった。
あるのは、自分の貴重な時間を無駄にされたことへの底知れぬ怒りと憎悪だけだ。
「泣きたいのはこっちよ、この詐欺師!」
麗奈は床に這いつくばる健太の頭を、ハイヒールの爪先でコツンと蹴り上げた。
「は? 自分が種無しだって知ってて私を騙したの? ふざけないでよ! 慰謝料代わりに、あんたたち親子には一生私の奴隷として働いてもらうからね!」
「麗奈さん、許して……! 会社には……会社にだけは言わないでくれ……!」
「ふん、あんたの態度次第ね。私の機嫌を損ねたら、社内に『部下が私を騙して不倫に持ち込んだ』って言いふらして、一発で左遷か懲戒解雇に追い込んでやるわ。お義母さんにも、死ぬまで私のタダ働き家政婦をやってもらうから。わかった!?」
「はい……はいぃっ……!!」
プライドの塊だった健太は、大勢の人が行き交う病院の廊下で、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら土下座した。
エリートの面影など見る影もなく、ただの惨めな敗北者がそこにいた。




