【Bar風花】第二章 紅蓮の風と屋台の煙 〜大輪の桜花と、胃袋を満たす小さな贅沢〜
【前書き】
※本作品は『Bar風花-kazahana-』の公式スピンオフエピソードです。
※本編の舞台から少し離れた、風花川の賑やかな河川敷で繰り広げられる少女たちのひと幕を描いています。
提灯の灯りが連なるお祭りの夜。焦げた醤油とソースの香ばしい煙の先には、普段は静かに風花町を支える少女たちの、熱く賑やかな笑顔がありました。
満開のしだれ桜が夜空を染める前に——どうぞ、そっと彼女たちの賑やかな足音に耳を澄ませてみてください。
第一章:熱気の夜と臨時ボーナス
夜の風花川河川敷。立ち並ぶ屋台の提灯が暖色系の光を連ね、ソースや醤油の焦げる芳ばしい煙と人混みの熱気が風に乗って漂っていた。
「あはは! 見てよ葵、遥花! 人、人、人! 風花町中の人間が集まってんじゃない!?」
アースカラーの作業着の腕をまくり、首元のミリタリータオルで汗を拭いながら白石まひろが元気な声を上げる。その手には、結社長から支給された『風花温泉花火大会特別手当て』のぽち袋が握られていた。
「マジでテンゲキッスよーーー!! 一万円の臨時ボーナス、激アツすぎるッス!!」
赤城遥花が鮮やかな赤髪のツインテールを揺らし、アルフォンス・ミュシャ柄のアロハシャツの胸元をバタバタとあおぐ。
「ウチの口座残高、さっきまで38円だったッスからね! 今夜は脳汁ブーストで食いまくるッスよー!!」
「……遥花、声が大きいッス。残高38円を大声で言いふらすなッス……」
その隣で、黒木葵が現場猫のアクキーがついた地雷系ショルダーバッグを揺らし、ダウナーな低音ボソボソ声でツッコむ。
「……でも、結社長の太っ腹には感謝っすね。……現場指示ヨシ! 手当てヨシ! 胃袋の空き容量、完全にヨシ!……まずはあの炭火焼き鳥から攻めるっす」
「いいねぇ! 葵の段取りは相変わらずブレないね!」
まひろがバシッと葵の背中を叩き、3人は熱気の渦巻く屋台街へと突入していった。
「すみませーん! 炭火焼き鳥、タレと塩をそれぞれ3本ずつ! あと牛串も3本!」
「……葵、1軒目から飛ばしすぎッスw」
「……最初の一手でタンパク質を確実に確保するっす。計算通りっすよ」
まひろがあははと笑いながら熱々の牛串を一口噛み締めれば、芳醇な肉汁が溢れ出す。
「ん〜っ! 直火の香ばしさが最高だねぇ!」
「んぐ……っ〜〜〜!! 柔らかすぎて噛む前に消えたッス! マジでエモの極みッスよーーー!!」
遥花が牛串をあっという間に平らげて目を輝かせ、ふと視線の先に『特大抹茶かき氷』の看板を見つける。
「葵! まひろ先輩! 次はあっちの抹茶かき氷とラムネっす! ダッシュで確保しに行くッスよー!」
「おっちゃん! 抹茶かき氷、練乳マシマシで! あとラムネ三本!」
「腹壊すよ!」と笑うまひろをよそに、葵がシュワリと泡立つラムネを口に含んだ。
「……ふぅ……っ。2ストの全開吸気みたいに、美味いもんが次々胃袋に吸い込まれていくっす……」
「あっ! 葵ちゃんに、まひろちゃん! それに遥花ちゃんまでーっ! こんばんはっ!」
そこへ現れたのは、明るい茶髪のショートカットを弾ませた山﨑響子だ。ノースリーブのブラウスの胸元には、市役所「地域振興課」の名札が揺れている。
「響子ちゃん!? お仕事?」
「うん! お祭り本部の案内対応と見回りがひと段落したから、ここからは完全にお祭りモードだよっ!」
「響子さん、お疲れ様ッス! つまり今から屋台の『現地調査』開始ッスね!? これ、ウチからの差し入れッス!」
遥花から練乳たっぷりの抹茶かき氷を手渡された響子は、「えっ、いいの!? ん〜〜〜っ! 冷たくて美味しい!」と大喜びした。
まひろがぽち袋をチラッと見せて「なにせ今夜は結社長から特別手当てが出てるからねぇ!」と笑うと、「すごーい! 一条結社長、太っ腹すぎるよ!」と響子も声を弾ませる。
「あ、そういえば葵ちゃん! モンキーのOVERマフラー、天ちゃんにキャブのセッティング直してもらってからすごく絶好調だよ!」
「……っ! OVER管に合わせたキャブ調整……さすが天さんっすね。あの小排気量で低速トルクを残しつつ高回転までキレイに吹け上がらせるのは、神業っす……」
職人の火が灯る葵を囲み、響子も加わった4人はさらに賑やかに屋台巡りを再開させた。
第二章:暗がりの対峙と名物刑事
しばらく賑やかに屋台を巡っていたが、遥花が「あ……ッ! CBRのキーロック、ちゃんと掛けたか不安になってきたッス……!」と急にハッとした表情になる。
「大丈夫だと思うけど、ウチの命の次に大事なSC28ッスからね! ちょっと確認してくるッス!」
遥花は二人と響子にそう言い残すと、一人で臨時駐輪場へと走っていった。
「ウッヒョー! SC28のファイヤーブレードじゃん! 鍵壊して持ってっちゃう?」
駐輪場の暗がりで、柄の悪い男たちが3人の愛機を舐め回すように見つめていた。
「待つッス」
遥花が冷ややかな声で歩み寄る。
「ウチの愛車と、先輩方の魂に、その汚い手を伸ばすのはどういう了見ッスか?」
「なんだよお姉ちゃん。アロハに作業着パンツで夜遊びか? 俺たちと遊ぼうぜ」
ニヤけた男が、黒タンクトップの覗く遥花の肩へ馴々しく手を伸ばした瞬間——バキッ!! と重い関節音が夜の暗がりに弾けた。
「ぐあぁぁっ!?? 痛い痛い痛い!!」
「触るなッス」
遥花が男の手首を容赦なく一瞬で捻り極める。
「触るなッス。……ウチのCBRは天さんが組んでくれた世界一の神機ッス。ガンマもXRも、あたしたちの命とプライドが詰まった本物の単車ッスよ。その汚い手で気安く触っていい器じゃないッス!」
手首を極められた男が痛みに悲鳴を上げ、仲間たちが怒声を張り上げた——その時だった。
「……おいガキども。あたしたちの可愛い妹分に、何か用かい?」
暗がりから、ゆっくりと重い足音を響かせてまひろと葵が姿を現した。
「……現場確認。車体への不当な接触、および仲間への脅迫……完全にアウトっす」
腕組みをしたまひろの眼光と、葵の静かな低音ボイスが暗がりを射抜く。乗る人間と組んだ人間の想いが詰まった単車を侮辱され、三人衆の凄まじい圧が弾けようとした——その時だった。
「——そこまでよ」
静かな足音とともに姿を現したのは、黒のレザージャケットを羽織った風花署の武居紗耶刑事だ。左耳の2連サファイアピアスが煌めいている。
紗耶は漆黒の制圧用警棒をカチリと展開させ、冷徹な瞳で見下ろした。
「あら、人様の愛車に手を出すなんていい度胸ね。窃盗未遂で現行犯逮捕よ。おとなしく手枷をはめられなさい……暴れるなら、相応の手酷いお仕置き覚悟しなさいよ?」
「ひ、ひいいいっ……! 風花署の武居だ……!!」
相手が風花署で恐れられる名物刑事だと悟った男たちは、顔面を蒼白にしてその場にへたり込んだ。
紗耶は警棒をカチリと収めると、警察用無線で風花署へ連行用パトカーの手配を要請する。そして追いついてきた響子へ「山﨑さん、本部へ連絡して駐輪場周りの人払いを頼めるかしら?」と手際よく指示を出した。
「武居の姉さん! 助かったよ!」
「……現場制圧、完全にヨシ! っす」
「沙耶さんマジで尊いッスよー!!」
「……さて、事件のお話はここまでね」
紗耶はふっと口元に不敵で大人な笑みを浮かべ、遥花たちを振り返った。
「そういえば……巡回中に橘法律事務所のビルを見上げたら、屋上にいる天くん、首元を隠すのに必死だったわよ? 美和ちゃんも、相変わらず手加減を知らないんだから」
「〜〜〜〜ッ!? 天さんの首元……っ!?」
突然放たれた大人の事情に、遥花は赤髪のツインテールを跳ねさせて顔を真っ赤にし、葵は無言で明後日の方向へ目を逸らす。
「……紗耶さん、年上の夫婦円満を好奇の目で見るのは野暮ッス……! けど、めちゃくちゃ気になるッス……!」
「ふふ、乙女ねぇ。……さ、パトカーが来る前にあなたたちは行きなさい。花火のフィナーレ、見逃しちゃうわよ」
「……武居さん、トラブル処理のお礼ッス。これ、今日の『現場差し入れ』ッスね」
葵がすかさず炭火焼き鳥の10本パックを差し出すと、まひろが特大イカ焼きを、遥花も香ばしい焼きもろこしを押し付けた。
「ちょっと待ちなさい! 一人でこんなに……!」
「パトカーが来たら後輩の人たちと食べればいいんだからっ!」
響子も冷えたラムネをジャケットのポケットへ突っ込む。
両手を香ばしい屋台の料理でいっぱいにされた紗耶は、困ったようにくすりと微笑んだ。
「……まったく。パトカーを待つ間の『現場の補給』にしては、少し豪華すぎるんじゃないかしら?」
「ふふっ、みんなで食べればあっという間だよっ! 私も手伝うねっ!」
響子が楽しそうに笑うと、三人衆も顔を見合わせ、満足そうに破顔した。
第三章:大桜花火と満たされる夜
「よしっ! 『大桜花火』が一番よく見える川沿いに移動するッスよー!」
——ドドォォォンッ!!!
風花川の堤防に並んだ4人の頭上で、巨大な光の蕾が弾けた。
繊細な桜色の光が幾重にも枝を伸ばし、夜空いっぱいに幾千の光のしだれ桜を咲かせていく。パラパラと光の粉が降り注ぐような圧倒的な臨場感と爆風が、身体を直接揺さぶった。
「うわぁぁぁ……っ! すごい、すごいよーっ!」
響子が歓声を上げる。
「……っ〜~! マジでテンゲキッスよーーー!! 今世界で一番幸せッスよーーー!!」
遥花が弾けた笑顔で叫ぶ。
「……視界一面の桜色……完全にヨシ! っす」
葵がラムネの瓶を握りしめて静かに微笑んだ。
「あはは! 橘ビルの屋上にいる美和さんや天さんたちも、今頃この同じ花火を見上げてるのかねぇ」
「……絶対見てるっす。でもこの煙とソースの匂いの中で見上げる花火も、最高っすね」
「うんっ! 風花町の夏祭りは、どこにいたって最高なんだからっ!」
ドドンと連続して打ち上がる大輪の花火が、4人の大満足の笑顔を鮮やかに照らし出す。お腹も心も満たされた少女たちの賑やかな歓声とともに、風花町の熱い夏の夜はどこまでも愛おしく過ぎていくのだった。
【あとがき】
風花温泉花火大会の夜、地上で弾けた『紅蓮華』の少女たちと武居刑事、そして響子ちゃんの賑やかなひと時をお届けいたしました。
静かな『Bar風花』のカウンターとは少し違う、活気と熱気に満ちた風花町の夜風を感じていただけたなら幸いです。単車に宿るプライドと、屋台飯を全力で楽しむ等身大の彼女たちの姿は、この町が持つもうひとつの愛おしい日常でもあります。
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皆様の夜が、静かで温かなものとなりますように。
天照(Bar風花)




