【Bar風花】第二章 紫煙の横引きと桜の刻印 〜愛妻家提督はカクテルグラスの向こうに妻を見る〜
【前書き】
※本話は戦闘描写なしの、穏やかな日常・コメディ回となります。
※バーでお酒とパイプ煙草を楽しむ、大人の趣味と夫婦愛をテーマにしております。
※実在するお酒や煙草のカスタム技法が登場しますが、作中の描写はフィクションです。
夜の静寂が満ちる『Bar風花』のカウンターに、今夜も働く女性たちが集う。
琥珀色のカクテルと香ばしい紫煙が漂う店内でお披露目されたのは、一触即発の事件ではなく、一枚の金属に刻まれたささやかな秘密。
愛妻家のルポライターと、彼を深く愛するバーテンダーの、甘く微笑ましい夜のひととき。
どうぞ、そっとカウンターの向こう側を覗いてください。
第一章:静寂と紫煙のイントロダクション
『Bar風花』の重厚なオーク材の扉が開き、風花町の夜の空気とともに三人の女性が入ってきた。
風花署刑事課の武居紗耶、弁護士の橘栞、そしてヘアサロン『Apparel』の葛木彩子。風花町の「働くカッコいい女性たち」の勢揃いだ。
「いらっしゃいませ。紗耶さん、栞さん、彩子さん。今夜もお疲れ様でした」
カウンターの中で、美和がワインレッドとアンバーのオッドアイを優しく細め、完璧な辞儀で迎える。その隣には、フリーのルポライターであり美和の夫である天(天ちゃん)が、少し照れくさそうに「いらっしゃい」と頭を下げていた。
「こんばんは、美和ちゃん、天くん。……ふぅ、今夜は暑いわね」
栞がいつもの第3席に腰を下ろし、縁のないアンダーリム眼鏡を指先で「くいっ」と押し上げる。彩子は指定席へ滑り込みながら「生一丁!……と言いたいとこだけど、今夜は美和ちゃんの美味しいカクテルで癒やされたいかな」と笑った。紗耶もレザージャケットを脱ぎながら、シックなマルティネスをオーダーする。
店内には、古いレコード針が落とす微かなノイズのような静かなBGMが溶け込んでいた。
美和が氷を削り、ボトルを傾ける流麗な手つきに、誰もが見惚れる。やがて、滑らかな手立てで三人のグラスがカウンターへ差し出された。
天はカウンターの一番奥で、自分用に淹れたブールヴァルディエのグラスを傾けながら、愛用のパイプにタバコ葉を詰めていた。
「ふぅ……」
天がポケットから取り出したのは、ずっしりとした金属製のZIPPO。
『カキン!』という心地よい重厚な開閉音が店内に響く。
その瞬間、隣でマルティネスのグラスを傾けていた紗耶の鋭い眼光が、天の手元にピタリと固定された。
第二章:提督の秘密と観察眼
「……ちょっと、天くん。そのライター、何?」
「え? ああ、これ……?」
天の手元で光を反射していたのは——凛とした表情で桜の髪飾りに手を添える、大人気ゲーム『艦隊これくしょん』の戦艦『大和』が美麗に刻印されたZIPPOだった。
「……嘘でしょ。天くん、そんなブールヴァルディエなんて激渋なカクテル飲んで、パイプくわえながら……『艦これ』の大和さんのジッポ使ってんの!?」
紗耶が思わず素の声を上げて身を乗り出す。栞も眼鏡のブリッジを「くいっ」と押し上げ、目を丸くして手元を凝視した。
「失礼……天さん。それ、ただのアニメグッズのZIPPOではありませんね? ……フリント周りのチムニー(風防)の穴、リューターで削って拡張されていませんか? 炎が横に流れるように……パイプ用の『横引き仕様』に自家改造されているように見えますが」
弁護士らしい恐ろしい観察力で栞が指摘すると、彩子が爆笑した。
「マジで!? 大和さんのジッポをわざわざパイプ用に削って改造して使ってんの!? ギャップが凄すぎてお腹痛いんだけど!! 天ちゃん、実は重度のオタク提督だったの!?」
「あ、いや! これは……っ!」
天は一瞬で耳まで真っ赤にし、必死に弁明を試みる。
「ち、違うんだよ! これはエッチング加工の精度が素晴らしくて、造形美として……それにパイプのボウルが傷つかないように加工しただけで……っ!」
「あはは! 必死に弁解するところが可愛いわねぇ」
彩子がニヤニヤしながらカクテルをあおる。だが、ここで冷徹なはずの紗耶が、ふと天の手元の大和と、カウンターの中で微笑む美和を交互に見比べた。
「……待って。大和さんって……茶髪のロングのポニーテールの上品な美人で、気品があって、凛としてて……」
「……あ」
栞が眼鏡を外して一瞬固まり、それから妙に納得したように頷いた。
「……なるほど。大和さんのビジュアルは、美和さんの佇まいや雰囲気に非常に酷似していますね。天さん……貴方、まさか『奥様に雰囲気が似ているから』という理由でそのジッポを愛用して……」
「あーーーーーっ!!」
店内にお姉様方の歓声が響き渡る。
「天くん! 美和ちゃんに似てるからって二次元のキャラクターのジッポ大事にしてたの!? なによそれ! 尊すぎて爆発しそうなんだけど!!」
「……法的にも何ら問題のない、実に素晴らしい愛妻家ぶりですね。感服しました」
「天ちゃん……あんた、見た目は渋いルポライターの面構えして、中身はとんでもない純情愛妻家オタクじゃないのさ!!」
「〜〜〜っっっ!!」
天は完全にノックアウトされ、真っ赤になった顔を両手で覆ってカウンターに突伏した。
第三章:甘い囁きと夜の静寂
そんな大騒ぎのカウンターで、美和はグラスを拭きながら、とびきり甘く綺麗な笑みを浮かべていた。
実は——美和も、天も、根っからの「オタク」なのである。
天がミリタリーやメカ、そして和風美少女キャラ(特に美和に似た大和)に熱を上げるように、美和もまた、天が熱中するアニメやゲームの世界観、そしてその造形美を心から愛し、理解していた。
「皆様、天ちゃんをあんまりいじらないであげてくださいね♪」
美和はお姉様方にウインクしてみせると、ゆっくりと天の隣へ歩み寄った。
天の手から「大和ジッポ」をそっと受け取ると、その金属の冷たさを愛おしそうに指先で撫でる。
「ふふ、天ちゃん。照れなくてもいいのよ? 私に秘密なんて通用しないんだから……。あなたがこのライターに火を点ける時、私を見るのとまったく同じ、優しくて愛おしそうな目をしてたもの」
「……美和さん……うぅ……」
「私に雰囲気が似ているから好きになってくれたの、とっても嬉しかったわ。……ねぇ、天ちゃん?」
美和はカウンター越しにそっと身を乗り出し、天の耳元で甘く、悪戯っぽく囁いた。
「そんなに大和さんが好きなら……こんどお休みの日の夜、家で二人きりの時に……私、大和さんの服を着てあげようか?♪」
「っ!??!??」
天は飲んでいたブールヴァルディエを本気で吹きそうになり、ゴホゴホと激しくむせ返った。
「み、美和さん……っ!? 大和さんの服って……あの衣装に……桜の髪飾り……っ!?」
「ええ♪ 天ちゃんがそんなに大和さんに私の面影を重ねて大切にしてくれているなら、本物の私が天ちゃんだけの『大和』になってあげるのもいいかなって。……嫌だったかしら?」
「嫌なわけないじゃないかーっ!! ……じゃなくて! 嫌なわけないけど、美和さんがそんな格好したら、僕の心臓が可愛さと尊さで破裂してしまう……っ!」
「ふふっ、破裂されたら困るわね」
美和は嬉しそうにクスクスと声を立てて笑うと、手中のZIPPOを『カチン!』と鳴らし、手際よく炎を灯した。
その温かな炎を天がくわえたパイプのボウルへそっと寄せると、香ばしく甘い紫煙がゆらりと立ち上る。
「「「……ごちそうさでしたーーー!!!」」」
常連のお姉様方三人の、呆れと羨望が入り混じった大爆笑が『Bar風花』の静かな空間に響き渡った。
オタクで、一途で、どこまでも互いを愛し合う夫婦。
今夜も風花町の夜は、甘く香ばしい紫煙とともに、幸せな時間の中に更けていくのだった。
【あとがき】
今夜も『Bar風花』にお越しいただき、誠にありがとうございました。
今回は、いつも渋くパイプを嗜んでいる天ちゃんの「ちょっとマニアックで一途な素顔」と、それを何よりも愛おしく受け止める美和さんの甘い日常をお届けいたしました。
愛用するZIPPOに刻まれたキャラクターと、最愛の妻の面影を重ね合わせる天ちゃんの純情ぶりは、書いていてとても微笑ましく、また美和さんの耳元でのサプライズなおねだりには、店内の常連さんたちと同じく私自身も胸が高鳴る思いでした。
読み終えたあと、お気に入りの一杯や香ばしい煙とともに、温かな余韻を感じていただけたなら幸いです。
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皆様のまたのご来店を、心よりお待ちしております。
天照(Bar風花)




