【Bar風花】第二章 杏色の帰還と月下の双煙 〜不器用な盾と、それを包み込む野の優しさ〜
【前書き】
※本作は、いつもの『Bar風花』のカウンターを離れた、とある穏やかな定休日のひと幕です。
※神話の気配を纏う人々が、風花町の豊かな土に触れ、泥臭い人間の愛を受け取るお話です。
※深夜のちょっとした飯テロ(苺のコンポートや美しいカクテル)にご注意の上、お楽しみください。
五月の風が運ぶ、熟した杏色の夕暮れ。
シトロエン2CVの心地よいエンジン音とともに、櫻庭家に賑やかで温かい風が舞い戻ります。
和の煙管と洋のパイプ、そして宝石のようなカクテル『エメラルドアイル』。
今夜は少しだけ、神々の纏う鎧を脱ぎ捨てて、人間としての体温を分かち合う夜。
どうぞ、そっとカウンターの向こう側を覗いてください。
第一章:走るパラソルの帰還
五月の夕暮れは、風花町の山脈の端を、熟した杏のような橙色に染め上げていく。
此花神社の裏手にある平屋の庭に、トコトコトコ……と小気味いい二気筒の空冷エンジン音が響いた。お義父様の乗るハマーH2が外敵を寄せ付けない鋼鉄の要塞なら、この車は風も光も、風花町の緑もすべてを迎え入れる走るパラソルだった。
「ただいま戻りました、咲ちゃん、天ちゃん」
キャンバストップを全開にした助手席から、大きな麦わら帽子を被った櫻庭家母堂、櫻庭冴子が太陽のような笑顔で大きく手を振った。運転席の千草は完璧な姿勢のまま、トランクを開ける。
「お母様、千草お姉ちゃん、おかえりなさい。今日は川の方まで行っていたの?」
縁側から顔を出した美和が、藍色のエプロン姿で嬉しそうに微笑んだ。その後ろから、フリーライターの夫、天もノートを置いて腰を上げる。
「ええ。そうしたらね、農道で農作業中のおば様たちに捕まってしまって。ほら、見てちょうだい」
冴子が楽しそうに指差したシトロエン2CVの後部座席とトランクは、おばちゃん達の愛で埋め尽くされていた。新聞紙に包まれた泥付きの蕗、瑞々しい新にんにく、大ぶりのトマト、そして、今朝摘んだばかりだという、籠から溢れんばかりの真っ赤なあまおうの山。
「これ、うちのトマト! 食べんね! って、皆さん本当に気さくで親切で。千草なんて、出されたおはぎとたくあんを背筋を伸ばしたまま全部完食して、おば様たちに『見事な手並みにございます』って真顔で言うものだから、余計に気に入られてしまって」
「……痛み入ります、冴子様。あの『おはぎ』の小豆の皮の残し方、我が櫻庭家の膳にも取り入れるべき価値があると判断いたしました。決して、食い意地が張っていたわけではございません」
千草は頬をほんのり朱に染め、大真面目に一礼する。その光景に、天と美和は思わず顔を見合わせて吹き出した。普段は完璧なメイドである千草だが、実はその凛とした佇まいの裏に、どれだけ食べても底が見えない大食漢という秘密を隠し持っている。
農家のおばちゃん達は、冴子を気さくで上品な綺麗な奥さん、千草を姿勢の良いお姉ちゃんとしか思っていない。だが、彼女たちが手渡した野菜や果物は、文字通りの『鹿屋野比売神』と『白鹿大明神』への、最も純粋な御供物だった。冴子が笑顔でそれを受け取った瞬間、あの田畑の来年の豊穣は約束されたようなものだ。
「これだけの『あまおう』だもの。次の営業日のチャームは、この子たちに決まりね」
美和のワインレッドとアンバーの異色瞳が、嬉しそうに細められた。
第二章:泥のついた恵みと、包丁の冴え
夕闇が本格的に降りてくる前、平屋の台所では、千草とそれを手伝う天による仕込みが始まっていた。
温かい食の現場には、飾らない、しかし素材の息吹をそのまま活かす丁寧な手仕事がある。
「天様、蕗の筋引きが随分とお上手になられましたね」
「千草お姉ちゃんにコツを教えてもらったからね。こうして爪の先で引っかけて、すーっと引くと、綺麗に剥けるのが気持ちよくて」
天は、おばちゃん達がくれた蕗を熱湯でさっと茹で、冷水に取ってから丁寧に筋を引いていた。包丁を入れるたびに、山の春が持つ特有の、瑞々しくも少し青い香りが台所に広がる。
その隣で、千草の振るう薄刃包丁がトントンと小気味よい音を刻む。櫻庭家の台所を預かる彼女の包丁捌きは、一分の隙もない。
「この蕗は、昆布と白醤油で丁寧に淡い出汁を取り、一度柔らかく含ませてから、極薄の冷製コンソメジュレに閉じ込めます。風花がお休みを終えた夜、最初の一杯を邪魔しない、お口を清めるための冷たいアミューズといたしましょう。グラスの底に、蕗の美しい翡翠色を沈めるのです」
手際よく蕗の下ごしらえを終えた千草は、次に大量のあまおうへと手を付けた。
「これだけ完熟しているなら、砂糖はほとんど必要ございませんね。半分はそのままフレッシュフルーツカクテル用として美和様へ。残りの半分は、ほんの少しの甜菜糖と、キルシュを数滴だけ落として、弱火で形が残る程度のコンポートにいたします。それを、しっかり冷やした自家製のバニラアイスクリームに添えて……」
「それは、お父様も喜びそうだね。千草お姉ちゃんも、たくさん食べるといいよ」
「お心遣い、感謝いたします。ですが天様、私はあくまで冴子様とお館様の残された分を、メイドの義務として片付けるに過ぎませんので」
そう言いながらも、千草の耳が心なしか嬉しそうにぴょこりと動いたような気がした。鍋から立ち上る、苺の甘酸っぱい、濃厚な湯気。それは贅沢な高級デパートの既製品にはない、土地と人の手が作り出した体温のある贅沢そのものだった。
第三章:月下の双煙
夜が更け、静まり返った此花神社横にある風花町櫻庭家。Bar風花の定休日である今夜は、穏やかな静寂に包まれている。
雲一つない風花町の夜空に、皓々と真円の月が浮かぶ。青白い光が、庭に狂い咲く桜の枝葉を、まるで冷徹な銀細工のように照らし出していた。
平屋に設けられた、年季の入った上質な檜の縁側。そこに、二つの人影が並んで腰を下ろしていた。冴子と、天だ。
「……良い月ね、天ちゃん」
冴子は、手にした石州型の純銀羅宇長尺煙管の雁首に、自ら薬草園で調合したハーブ煙草を小さく丸めて詰めた。火を点けると、ちり、と小さな音がして、微かに甘く、どこか清涼感のある不思議な紫煙が立ち上る。その煙は、周囲の夜の穢れを文字通り一瞬で霧散させるような、絶対的な浄化の気配を帯びていた。
「ええ、本当に。こんな夜は、じっくりと火を育てたくなります」
天が取り出したのは、デンマークの巨匠ヨーン・ミッケが削り出した、木目の美しいアンティークのパイプだった。愛おしそうにボウルを撫でてから、甘いワイルドベリーの香りが特徴的なデビルスホリデーを詰め、マッチを擦る。
洋のパイプから昇る重厚で華やかな紫煙と、和の煙管から昇るストレートで繊細な紫煙。二つの異なる煙が、満月の光の中に吸い込まれ、静かに、美しく溶けていく。
「お父様、今日もまたハマーの中でソワソワしていたのよ」
冴子が煙管をくゆらせながら、クスクスと笑った。
「今日、私と千草が2CVで出かける時、車の前に立って『我がハマーを出させよう。迅雷も待機している』なんて言うの。女の子同士のドライブだって言っているのに。天ちゃんの新しいルポの裏話が、きっと聞きたかったのね」
「お義父さん……。直接言ってくだされば、僕、いつでもエクシーガでお供するのに」
「あの人は不器用だから。自分の心を言葉にするのは、世界で一番下手なのよ。あの人は強固な山そのものだものね。でもね、天ちゃん。あの人があなたのルポの最新号を、ハマーの中や書斎で何度も読み返している姿、本当に愛おしいのよ」
天は苦笑いしながら、手元に置かれた唐津焼の素朴な徳利から、冴子の持つ盃に、美和が用意してくれた地酒を静かに注いだ。昼間、冴子たちがドライブの道すがら買い求めてきた、筑後が誇る極上の熟成純米酒、独楽蔵の玄だ。縁側のひんやりとした夜気によく馴染むよう、人肌より少し温かい、絶妙なぬる燗に付けられている。
「お義母様、お義父様は、僕のルポのどこを気に入ってくれているんでしょうか」
天の問いに、冴子は煙管の灰をトントン、と漆塗りの手付煙草盆の灰皿に落とし、おだやかな、しかし全てを見通すような瞳で天を見つめた。
「私やお母様はね、この世界のすべてが見えすぎてしまうの。五家がどれだけ現代社会を動かし、富を回しても、それは冷たい数式のようで、時々、心が動かなくなってしまうことがあるわ。神の目というのは、時にあまりにも残酷で、退屈なのよ」
冴子は遠い月を見上げる。
「でもね、天ちゃん。あなたが車で泥を跳ね上げて、農家のおば様たちの畑を泥だらけになって手伝ったり、人間の小さくて泥臭い涙や喜びを、そのままの言葉で書き留めてくれるのを見るたび……私の司る『野』に、新鮮な風が吹き抜ける気がするの。ああ、世界はこんなにも泥臭くて、だからこそ、こんなにも温かくて美しいんだって」
冴子は優しく、天の頭を撫でた。それは、一人のライターとしての生き様を心から尊重する、義母の、そして神としての深い慈愛だった。
「咲ちゃんを、あんなに普通の、家で天ちゃんに甘える可愛い女の子にしてくれたのはね、天ちゃん、あなたのその『人間の目』よ。だから、あの人も、あなたの言葉に救われているの」
天は、パイプの温かいボウルを握りしめながら、静かに紫煙を吐き出した。
じっくりと寝かせることで生まれた独楽蔵の、米の豊かな旨味とわずかな香ばしさ。そのふくよかな余韻が、天のパイプが持つタバコ葉本来のロースト感、切なくも甘いベリーの芳香、そして冴子の煙管からたなびく清涼な紫煙を、優しく、完璧に包み込んでいく。
「ねえ、天ちゃん。そのパイプ、とっても素敵な香りね。……お母さんにも一口だけ吸わせてくれないかしら?」
突然、冴子が少女のようないたずらっぽさで、天を覗き込んできた。天が、お義母様が僕のパイプを吸っている姿なんてお義父様が見たら大変なことになる、と冷や汗をかきかけたその時。
「お母様、天ちゃん。ずるいです。私を置いて、二人だけでそんなに楽しそうなお話をしているなんて!」
奥の障子が開いた。そこには、湯気の立つ茶器をのせたお盆を持った美和が立っていた。彼女のワインレッドとアンバーの異色瞳が、月光を反射して宝石のように美しく煌めいている。
「あら、咲ちゃん。お茶を淹れてくれたの?」
「はい。おば様たちにいただいたイチゴに合うように、少し深めに淹れた八女のほうじ茶です。天ちゃん、お母様にパイプを貸すなら、私にも一口貸してくださいね?」
美和は少しだけ頬を膨らませて、天の隣にちょこんと腰を下ろした。天は苦笑しながら、愛する二人の女性に挟まれ、世界で一番安全で、温かい結界の中にいることを確信するのだった。
第四章:一杯の哲学:『エメラルドアイル』
夜の帳が完全に下りた頃、風花町の飲食街の外れにある『Bar 風花』の店内には、身内だけの静かな灯りが灯されていた。天は絶対にカウンターの中には立たない。それは、美和という一人のバーテンダーの聖域に対する、彼なりの絶対的な一線であり、敬意だった。
天はカウンターの外、客席の本皮張りの黒いローチェアーに腰を下ろし、冴子と千草の様子を見守っている。
美和はすでに、凛としたプロの顔になっていた。白シャツに黒のベスト、一分の隙もない佇まいで、クリスタルグラスを磨き上げている。
「お母様、千草お姉ちゃん。今夜は定休日ですが、天ちゃんからお母様にお勧めするカクテルのアイデアを預かっています。お作りしてもよろしいですか?」
「ええ、咲ちゃん。ぜひいただこうかしら」
美和の前に置かれたのは、美しい切子細工が施されたミキシンググラスだった。
彼女はまず、氷をミキシンググラスに満たし、バースプーンで素早く回転させる。グラスの壁面がみるみるうちに霜を帯び、冷気が閉じ込められていく。余分な溶け水を丁寧に捨てた後、バックバーから二本の特別なボトルを静かに手前に置いた。
一本は、フレッシュなシトラスを贅沢に使用して蒸留されるプレミアムジン、タンカレー No.TEN。
そしてもう一本は、フランスの修道院で130種類以上のハーブを用いて作られ、さらにオーク樽で長期間に及ぶ熟成を重ねた、神聖にして極上の希少酒、シャルトリューズ・ヴェール V.E.P.。
「お母様の直心影流・免許皆伝の凛烈な冴え。そして、薙刀『和泉守兼定』の一閃のような鋭さ。天ちゃんが感じたお母様の強さと、すべてを優しく包み込む温かさを、この特別なボタニカルの重なりで表現しますね」
美和は、ボトルの角度と自らの脈拍だけで、正確に二つの液体をミキシンググラスに注ぎ込む。別名グリーン・アラスカとも呼ばれるそのレシピは、非常に高いアルコール度数を持つ、極めてシャープなカクテルだ。
バースプーンが、氷の間を滑るように動く。カチャカチャという雑音は一切ない。氷とガラスが擦れ合う、チリチリとした、まるで冬の夜の霜が降り連なるような、静謐な音だけが店内に響く。
美和のステアは優しく、しかし極限まで冷やし込まれていく。お母様の強さは、お父様のような強固な壁ではない。すべてを優しく包み込み、しかし不浄に対しては外科手術のように鋭く一閃するしなやかな流転。だからこそ、ステアで優しく角を丸め、V.E.P.の持つ樽熟成の深いふくよかさを引き出さねばならない。
美しく磨き上げられた、バカラのアンティークグラス。そこへ注がれる液体は、宝石のエメラルドそのものを閉じ込めたかのように、妖しく、美しく輝いていた。
「お待たせいたしました。カクテル、エメラルドアイルです」
冴子は、そのグラスを細い指先で受け取り、じっと見つめた。グラスの表面から、No.TENが放つ洗練されたシトラスの香りと、130種類以上のハーブが樽の中で融和した、鼻腔を抜ける深遠な香りが漂う。
口に含んだ瞬間、ジンのキレ味が兼定を思わせる冷たい鋭さで喉を駆け抜け、直後、シャルトリューズV.E.P.の濃厚で、かつ極めてまろやかなハーブの甘みが、圧倒的な温かさとなってお腹の奥に広がっていく。
「美味しいわ、咲ちゃん。冷たいのに、お腹の奥がとっても温かくなる。まるで、天ちゃんのルポのようね」
美和は誇らしげに微笑み、それから、先ほど千草と天が仕込んだ蕗を、小さなショットグラスに美しく盛り付けて冴子の前に差し出した。鉄刀木の一枚板の上に、クリスタルの透明感と、蕗の淡い翡翠色のジュレが静かに映える。
「おば様たちの蕗です。コンソメのジュレを絡めて、カクテルのアミューズに仕立てました。風花町の命を、一番良い形でお返しします」
冴子は小さなスプーンでジュレを口に運び、再びエメラルドアイルを傾ける。出汁の旨味を吸った蕗の青い苦味と、カクテルから立ち上る複雑な薬草の息吹、そしてジンのシトラス感が、右に出るもののない完璧な調和を果たしていた。それはまさに、冴子が自らの薬草園でハーブを愛おしそうに調合する姿、そのものだった。
「……見事な手並みにございます。美和様のステアの技術、そしてこの蕗のアミューズの洗練……。我が胃袋が、無限の歓喜の声を上げております。このエメラルドアイルの度数の高さに負けぬほど、蕗の清涼感が五臓六腑にしみ渡るようでございます」
横で、優雅にカクテルグラスを傾けている千草が、真顔で呟いた。その飲み方は、どれだけ重ねても乱れず、一挙手一投足がどこまでも美しくスマートな、まさに本物の蟒蛇のそれだった。千草の前に並んだ空のグラスを見ながら、天は、仕込みの時からずっと食べてるのに、お酒もそんなに、と畏怖と敬意を込めてその姿を見つめるのだった。
第五章:繋がれる層の真実
夜が更け、お母様たちを風花町櫻庭家に送り出した後、店内には再び、天と美和の二人だけの時間が戻ってきた。
古いレコードの針が落ちる微かなノイズと、ピアノの最後の音が消えていくようなBGMの余韻が、薄暗い空気の中に溶けている。
天は、客席のグラスをカウンターの上へ片付けながら、ぽつりと言った。
「美和さん。お母様と縁側で話していて、改めて思ったんだ。皇グループという巨大なピラミッドは、五家や烏丸さんたちが作った完璧な層のようだけど……その最上層にある櫻庭家が、こんなにも温かくて、泥臭い人間の営みを愛しているからこそ、この世界は壊れずに回っているんだね」
美和はエプロンを外し、鉄刀木の一枚板のカウンターに両手を突いて、客席の天をじっと見つめた。彼女の右目のワインレッドと、左目のアンバーが、店内の柔らかな間接照明を受けて、深みのある輝きを放っている。
「ねえ、天ちゃん。分かっていますか? だから私は、あなたの車の助手席で、泥だらけの山道を行く時間が、何よりも好きなのよ。お父様の重い盾も、お母様の鋭い剣も、すべては私たちがこうして人間として笑い合うための、ただの囲いに過ぎないの」
美和は、足元のワインセラーから、一本の特別なボトルを取り出した。黄金色に輝く、プレステージ・シャンパーニュ、クリュグだ。
「今夜はお店もお休みだし、お母様たちがいただいた最高のイチゴもあるわ。あの皇グループの難しい組織図の話はここまで。今夜は、このすべての層を一つに溶かし込むような、黄金色の一杯を二人で傾けましょう」
シュッ、と心地よい、ガスを優しく逃がす抜栓の音が静かな店内に響く。
クリスタルグラスに注がれたクリュグの泡は、まるで満月の夜の星屑のように、細かく、絶え間なく湧き上がり、弾けていった。
お互いのグラスを優しく掲げ、決してガラス同士を合わせることはせず、ただ無言で視線を交わす。それが、最高の酒と、互いの存在への何よりの敬意。
「櫻庭家という、世界で最も強くて優しい絆に。あるいは、今日お茶会をしてくれた農家のおば様たちに。正式に、私たちの、世界でたった一人のルポライターさんに」
「美和さんに」
二人は静かにグラスを傾けた。
細かな泡が弾ける音だけが、風花町の夜の静寂の中に、どこまでも、どこまでも優しく溶けていくのだった。
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回のエピソードは、冴子お母様を櫻庭家にお迎えし、家族の飾り気のない営みを描いた日常回でした。
おば様たちの真心のこもった蕗やあまおうが、千草の手によって美しいアミューズやコンポートへと姿を変え、美和の差し出す一杯のカクテルと完璧に調和する。
高級デパートの既製品にはない、土地と人の手が作り出した「体温のある贅沢」を感じていただけていれば幸いです。
そして縁側で天と冴子が交わす、洋パイプと和煙管の紫煙の重なり。
すべてを見通せる神の目を持つ冴子だからこそ、泥にまみれて人間の小さき喜びを書き留める天の「人間の目」を、誰よりも愛おしく、尊く思っているのかもしれません。
もしこの穏やかな夜の余韻を気に入っていただけましたら、ブックマークや評価、そして皆様の温かいご感想をいただけますと、執筆の何よりの励みになります。
冷たい夜気の中に、温かい八女のほうじ茶を添えて。
天照(Bar風花)




