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【Bar風花】第二章 守秘義務と揺るぎない正義 〜王者のシャンパーニュが、誇り高き弁護士を讃える夜〜

前書き


※超短編・Bar風花にて絶対者と邂逅する、背筋の凍るような祝杯の夜

※戦闘も波乱もありません。ただ、冷や汗とシャンパーニュの余韻だけ

※皇グループの頂点が見た「正義」とは――Barのカウンターでお届けします


風花町の路地裏。

重厚な扉を開けた先で、天野里美と橘栞を待っていたのは、煌びやかなルリカケスラムを傾けるひとりの女性だった。

絶対者・皇照世。

その瞳に射抜かれた瞬間、里美の完璧な仮面は音を立てて崩れ落ちる。

冷や汗と緊張、そして最高級シャンパーニュ『クリュグ』の香りが混じり合う、不思議な祝杯の夜。

どうぞ、そっとカウンターの向こう側を覗いてください。

 風花町の路地裏には、夜ごとに異なる風が吹く。

 重厚なオーク材の扉の向こう、磨き上げられた鉄刀木(たがやさん)のカウンターが、訪れる者の魂を静かに迎え入れていた。

 開店直後の『Bar 風花』は、レコードから流れるピアノの残響と、氷がグラスを打つ微かな音に満たされている。

 そんな聖域のような空気を引き裂くこともなく、一人の女性がカウンターの端に座った。



 

第一章 琥珀色のラムと、静かなる絶対者

 

 白銀を思わせる艶やかな髪、吸い込まれそうなほど深い金色の瞳。

 三十代とも四十代ともつかない、息を呑むような超絶的な美貌。

 彼女がそこにいるだけで、店内の空気の密度がわずかに変わるのがわかる。

 (すめらぎ)グループの頂点に君臨する絶対者、皇照世(すめらぎてるよ)だった。

「いらっしゃいませ。……お待ちしておりました」

 オーナーバーテンダーの櫻庭美和(さくらばみわ)は、ワインレッドとアンバーの異色瞳に深い敬意を込め、静かに一礼する。

 照世は小さく頷くと、遠くを見るような目で微笑んだ。

「今日は少し、喉が渇いているの。冷たくて、香り高いものをちょうだい」

 美和はバックバーから、奄美大島の美しい鳥の名を冠した黄金色のスピリッツ『ルリカケスラム』を取り出す。

 それに合わせるのは、この町で採れたばかりのみずみずしい日向夏。

 氷を満たしたグラスにラムが注がれ、日向夏の果汁が鮮やかに絞り込まれる。

 最後にトニックウォーターで満たし、美和のバースプーンが氷を持ち上げるように一度だけ滑らかに回転した。

「どうぞ」

 差し出されたグラスを照世が口へ運ぶ。

 ルリカケスラムの黒糖のような濃厚な甘みが、日向夏の爽やかな酸味と苦味を纏い、弾ける泡とともに喉の奥へと滑り込んでいく。

「……見事ね。南の島の熱気を、この街の涼やかな風で優しく包み込んだような味わい。とても美味しいわ」

 照世はグラスを見つめ、心底満足そうに、静かな舌鼓を打った。

 酒の味を愉しむのではなく、その向こう側にある物語までを噛み締めるような、絶対者ゆえの贅沢な所作だった。



 

第二章 祝杯の夜と、硬直する秘書官

 

 その時、重厚な扉が開き、風花支社の責任者である天野里美(あまのさとみ)と、顧問弁護士の橘栞(たちばなしおり)が飛び込んできた。

「美和さん、こんばんは! 今日はとびきり美味しいお酒をいただきに来ました!」

「こんばんは、美和さん。二人で祝杯をあげさせてちょうだい」

 巨大な開発案件を完璧にクロージングした彼女たちの足取りは軽い。

 しかし、里美がカウンターへ向かおうとしたその瞬間、彼女の身体が石像のように硬直した。

 視線の先には、グラスを傾ける皇照世。

 皇グループという巨大組織の心臓部を司る者にとって、彼女は雲の上の存在だ。

 里美の頭の中では緊急アラートが鳴り響き、反射的に直立不動の姿勢をとる。

 照世はグラスを手にしたまま、冷ややかな視線を里美に向けた。

『ここでは只の一人の客よ。余計な挨拶は無用』

 その眼光だけで完璧に意思を伝えられた里美は、声にならない悲鳴を飲み込み、ぎこちない笑顔を顔面に貼り付けたまま固まった。

「里美さん? どうしたの、突然立ち止まったりして」

 隣の栞は首を傾げている。

 非常に優秀な弁護士だが、実は総帥の顔を直接見たことはない。

 目の前の女性がグループの絶対者だとは、露ほども思っていないのだ。



 

第三章 奇妙な隣席と、勝利の乾杯

 

「お二人とも……もしよろしければ、私の隣に座らないかしら?」

 照世の穏やかな声に、栞は「お言葉に甘えまして」と優雅に腰を下ろす。

 里美は、生きた心地がしないまま、ロボットのような動きでその隣に収まった。

 額にはうっすらと冷や汗が滲んでいる。

「美和さん。私には、今日の勝利に相応しい、華やかなシャンパンカクテルを」

「わ、わたくしは、そ、その……お姉様と同じ物を……」

 栞の堂々としたオーダーと、里美の震える声。

 美和は二人の様子に微かな笑みを浮かべながら、完璧な手際でシャンパンをグラスに注ぎ、その香りを見事に引き立てていく。

 立ち昇る繊細な泡が、華やかな香りと共に並んだ。

「それじゃあ、里美さん。今回の案件の完璧なクロージングに」

「か、乾杯……ですわ、お姉様……」

 涼やかなグラスの音が響く。

 栞がシャンパンカクテルを喉へ流し込む横で、里美は隣の存在感が気になりすぎて、その味わいがまったく分かっていなかった。



 

第四章 守秘義務と、揺るぎない正義

 

「ふふ……。とても美味しそうに飲むのね」

 照世はグラスを傾けながら、栞に語りかけた。

「お二人とも、お仕事の帰りかしら? 何か良いことがあったみたいね。私にも少しお裾分けしてくれないかしら」

 里美が「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。

 会長自ら、風花支社の進捗を探ってきたのだ。

 しかし、里美が弁解するより早く、栞が静かに微笑んで答えた。

「ええ。とても喜ばしい成果があったのは事実です。ですが……」

 栞は言葉を切り、申し訳なさそうに、けれど毅然とした態度で首を横に振った。

「ごめんなさい。私、弁護士をしておりまして。クライアント様との間には、いかなる場合でも守らねばならない守秘義務がございます。ですから、どれほど嬉しくても、具体的な内容をここでお話しすることはできないのです」

 それは、酒の席であっても決して揺らぐことのない、プロフェッショナルとしての確固たる一線だった。

 その瞬間、里美は心の中で(お姉様ーッ!! それ、うちのトップですーッ!!)と絶叫し、完全にカウンターへ突っ伏した。



 

第五章 絶対王者の微笑みと、琥珀色の祝杯

 

「……そう。お酒の席でも口を滑らせず、自らの職務を守り抜く。本当に立派な心がけね」

 照世の金色の瞳の奥に、極上の才能を見つけた時特有の鋭い光が宿る。

 権力に流される人間を山ほど見てきた彼女にとって、栞が見せたその正義と規律は、何よりも価値のある美しいものに映った。

「美味しいお酒と、素晴らしい矜持を見せてもらったわ」

 照世は美和に視線を向ける。

 すべてを察した者同士の静かな通じ合い。

「美和さん。このお二人に、心ばかりのお祝いを。一番良いものを開けてちょうだい」

 美和は恭しく一礼し、バックバーから王者のシャンパーニュ『クリュグ』を取り出した。

 コルクが抜かれる心地よい音が響き、黄金色の液体がグラスに注がれる。

 繊細な泡が豊潤な輝きを放っている。

「……あの……これは……」

「今日という日の祝杯に、相応しいでしょう?」

 照世は優雅に微笑むと、最後に栞に向けて心からの敬意を込めた眼差しを向けた。

「貴女のような方が風花町にいてくれるなら、私も安心だわ。……またいつか、お会いしましょう」

 重厚な扉が閉じ、絶対者が静かに闇へと消える。

 店内に再び静寂が戻った瞬間、里美が力なくカウンターに崩れ落ちた。

「お姉様は、そのままでいてください……一生ついていきますから……」

「ふふふ。……あの方は、お二人の仕事ぶりを本当によく見ていらっしゃいましたよ」

 美和は、クリュグの香りが満ちる店内で、いつもの凛とした微笑みを浮かべている。

 鉄の女王が見抜いた揺るぎない正義と、それを支える秘書官の冷や汗。

 『Bar 風花』の一枚板には、今夜もまた、密やかで贅沢な大人の人間模様が優しく刻まれていくのだった。

 

あとがき


皇グループの総帥・皇照世との遭遇回、いかがでしたでしょうか。

鉄の女王である照世が、橘弁護士の「守秘義務」という規律の中に美しい正義を見出す瞬間を書いてみました。里美さんの極限状態の冷や汗と、栞さんの変わらぬ凛とした強さの対比を楽しんでいただければ幸いです。


面白い、続きが読みたいと思ってくださったら、ぜひブックマークや評価、感想をいただけますと励みになります!


また次の話で、カウンターでお待ちしています。


天照(Bar風花)

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