第四十五話「最終決戦」
強者同士がぶつかり合う時、空気は重くなる。
目の前のナリ=アーツは、一見すればただの子供だ。
白い肌、潰れかけの赤い瞳、ぐしゃぐしゃにうねった髪。
だが、その小さな身体には――常軌を逸した魔力が詰まっている。
永和とユーニスは、真正面からそれを見据えていた。
「ふん、二人になったところで何も変わらんと言ったはずだぞ」
「どうかしら。 一人じゃ見えなかったものも、二人なら見えるってもんよ」
ユーニスが斜めに構える。
引き千切られた耳が風に揺れ、銀の髪が舞う。
「……俺たちで、お前を倒す!」
永和が叫ぶと同時に、地面を踏み鳴らして駆け出す。
ユーニスもそれに続く。
ナリ=アーツは軽く手を上げた。
すると、周囲に数個の魔力の球体が浮かび上がる。
「《純矢》」
球体から放たれる鋭い魔力の槍。
それらは全て高濃度の魔力のみで構築されている。
それを永和は右に回避、ユーニスは空中へ跳躍してかわす。
「させない!!」
着地と同時にユーニスが斬り込む。
ナリ=アーツの剣がそれを受け止め、火花が散った。
「ちっ……!」
「ユーニス、右に!」
「了解!」
永和が叫びながら左手を構え、
そこから放たれたのは、圧縮された火の玉。
「簡易魔術!!」
爆ぜる魔力球を、ユーニスの剣が切り裂いて二方向に分ける。
一つはナリ=アーツの背後へ、もう一つは前方から迫る。
ナリ=アーツは眉をしかめた。
「……なるほど、合ってきたな」
その声の直後、魔力で形成されたバリアが展開される。
爆発が巻き起こるが、ナリ=アーツは無傷だ。
だが、そこが狙いだった。
「今だ!!」
「……えぇ!」
二人は一気に距離を詰める。
永和が右へ。ユーニスが左へ。
互いの動きを信じるように、同時に攻撃を放った。
ナリ=アーツは二人の間で剣をくるりと回転させる。
が、読みきれなかった。
ユーニスの斬撃が、ナリ=アーツの腕を浅く切り裂いた。
赤黒い血が飛び散る。
「やった……!」
手応えに、永和が叫んだ。
ナリ=アーツは目を細めたまま、腕を撫でる。
「ふむ……面白くなってきたではないか」
その言葉に――逆に、こちらが確信を得る。
俺たちは、戦えている。
ナリ=アーツ相手に――ちゃんと。
「ユーニス……!」
「えぇ、悪くないわよ、今の!」
二人の呼吸は完璧だった。
◇
「私の使っているこの剣、“魔剣〈ヴェルザリオ〉”は覚えてる?」
「あぁ、たしか、魔力を溜めておける魔剣、だよな」
「そう、そこで一つ」
ユーニスが、永和にそっと顔を寄せる。
そして、声を潜めて小さく囁いた。
「……なるほど、よし、やってみよう」
「えぇ!」
そう言うとユーニスは、その手に握る剣を天高く掲げた。
その刃は太陽の光を反射し、銀白にきらめく。
永和は構えを取り、全魔力を練り上げる。
「それじゃあいくぞ! 《簡易魔法・極限爆撃》――!!」
叫びと同時に放たれたのは、爆発の魔力を凝縮した光弾。
放物線を描くこともなく、一直線に剣へと飛ぶ。
衝突の瞬間、剣全体がビリビリと振動し、眩い輝きを放ち始める。
「おいおい、コントロールが悪いにも程があるだろう」
ナリ=アーツは、口元に笑みを浮かべる。
あざけるように、退屈そうに。
だが、その顔に――すぐに、わずかな疑念が宿る。
「……いや、剣の方を狙ったな。 なるほど。 魔剣か」
「えぇ、それも旅先で打ち直してもらって、蓄積魔力量が大幅に増えた最強の魔剣よ!!」
ユーニスが笑みを浮かべ、振るう剣から白銀のオーラが噴き出した。
光が脈動し、刃を通して空気が震える。
「それにしても永和の魔力は凄い。 強化した魔剣でも魔力が限界まで溜まってる。 これならあなたも倒せる…!」
剣を構えるユーニス。
「ほお、我が素直にくらってやると?」
しかし、ナリ=アーツは、微笑を崩さない。
どうやらこれは回避するつもりらしい。
背中から翼を生やして、飛び立とうとする。
このままで逃げられるーー。
その時だった。
「……っ!? 体がっ…動かぬ…」
ナリ=アーツの体がぴたりと動かなくなった。
「こ、この能力まさか…!?」
振り向くと、そこにはニイコタ、ガルザン、そして、シュンの首に刀を突きつけて立つムラセルの姿があった。
「永和ぁ! よく耐えたぁ! エルフのお嬢ちゃんも、魔王の動きは止めさせるから、遠慮なくそれをぶちかましてやれぇ!!!」
なるほど、ムラセルがシュンに無理やりスキルを使わせているらしい。
「はい!!」
「任せて!!!」
そのやり取りの際、シュンがぶつぶつ何かを言っていたが、ムラセルに殴られるとすぐに大人しくなった。
そうしてユーニスはナリ=アーツに向き直ると、大きく腕を振りかぶる。
呼吸を深く吸い、足で大地を踏み締める。
込められた魔力によって空気が震える。
これが、正真正銘、最後の一撃だ。
「《終焉超魔剣》ーーー!!!!!」
タジマとは、この世界の創造神の名である。
その名を背負うに恥じない一撃。
それは空を切り、大地を裂き、魔王ナリ=アーツの胸元へと命中する。
「ぐっ…ぬぉぉおおおおおお!!!!!」
永和とユーニスの全力が込められた一撃だった。
「二人とも…頑張って下さい!!!」
「頑張れ!!」
「魔王を倒してくれ!!」
「この街を守ってくれぇー!!」
ニイコタが声援を送ると、それに同調して、他の冒険者たちやガルザン、ムラセルも声援を送る。
「ぐぬぬぬぬぬ……ぐっ……ぐぬぬ……っ!!」
「はぁぁぁぁああああ……はぁぁぁあああああっ!!」
堪えるナリ=アーツ。
確実にダメージは与えているものの、流石は魔王と言うべきか、しぶとい。
「だったらこれでどうだ………《簡易魔法・極限爆撃マナ・エクスプロージョン》――!!」
バギンッ!!!
追撃の魔法は、ユーニスの剣に命中し、さらに剣を押し込む。
「ぐばっ…ぐっふ…ぐばはっ……」
口から血反吐を吐き出しながら、徐々に二つに分かれていくナリ=アーツ。
「「はぁぁぁぁあああああっ!!!」」
永和とユーニスの叫び。
「ぶっ…ぐごっ…お”のれ…人間ども”ぉ……いづれ魔族は……貴様ら”を……っ!!!」
そこまで言って、ナリ=アーツは二つに分かれ、膨大な魔力と共に爆発した。
少しばかりの静寂が世界を覆う。
「やっ、やった…のか?」
誰かが言った。
「やった…やったぞ…! 俺たちの勝利だ!!」
「やったぁー!!!」
「勝ったぞぉー!!」
その勝利は徐々に広がっていき、やがてザキカメアの冒険者全てを巻き込んだ、大勝利となった。
「やりましたね!」
「あぁ! ニイコタも、ガルザンも、本当によく頑張った!!」
「本当によかったぜぇ…!!」
三人も肩を組み、笑い合う。
「ちっ、まぁ…俺は助かれば何でもいいんだけどな」
シュンも、そこから少し離れたところで密かに微笑んでいた。
◇
「ユーニス!」
「永和!」
永和とユーニスは再会の続きだ。
二人は駆け寄り、お互いを見て話す。
「本当に…本当にユーニスには何てお礼を言ったらいいのか…」
「それは私にも言えることよ。 魔王の存在はどちらにしろこの世界にとっての危険。 永和じゃなくても、いづれ誰かが相手をすることだったの」
二人の表情は温かく、喜びに満ちている。
「いや、それでもお礼を言わせてくれ。 もう一度、ちゃんと…!」
「…何だか、そう言われると少し恥ずかしいわね……でも、分かったわ。 さぁ、来なさい!」
そう言うとユーニスはクイッ、と胸を張る。
永和もコホン、と咳払いをして見せると、真面目な顔になり、始める。
「…この世界に来てから、ずっと思ってたんだ。 俺、何のために生き返ったんだろうって。 何のために、こんな魔力だけもらって、意味あるのかなって……」
「……永和」
「でも、違った。 一人じゃなかったんだ。 あの時、君と出会えて、俺はずっと救われてたんだ。 過労死なんてくだらない死に方をした俺を、拾って、優しくしてくれた。 何も無くなっていた、空っぽの俺に、生きる意味をくれた…!」
ユーニスは目を伏せたまま、黙って話を聞いている。
「その後も、君と一緒に冒険をして、悩んで、笑って……その全部が、俺にとって生きる理由だった。 俺が魔王を倒せたのは、魔力があったからじゃない。 君がいたからだ」
「……そんなの、当たり前よ。 仲間だもの」
「違う。 それだけじゃないんだ」
永和は、息を吸い、そして告げる。
「俺は……君に、生きていて欲しかった。 幸せでいて欲しかった。 剣を握るためじゃなくて、笑っていて欲しかったんだ。 ……俺の、わがままだよな」
「永和……」
「でも、これだけは言わせてくれ。 本当にありがとう。 助けてくれて。 一緒に戦ってくれて。 俺の……一番大事な人になってくれて」
しばらく、沈黙が流れた。
その静けさの中、ユーニスは立ち上がり、ふらふらとした足取りで永和に近づいた。
そして、そっとしゃがみこみ――その額を、彼の額に、優しくくっつける。
「ふふ。 そんな風に言われたら……照れちゃうじゃない」
涙をこぼしながら、それでも笑って。
「こちらこそ、ありがとう。 永和……私を、信じてくれて……………」
ーーその時、背中に気持ち悪いくらいの、猛烈な悪寒が走った。
「…ぐふっ……」
「…………は?」
状況が理解できなかった。
突然、ユーニスがーー吐血した。
「なっ、どうした!? ユーニス!! ユーニス!!!?」
「……ぐっ…」
「ユーニ……えっ…」
ふと、彼女の胸からナイフが飛び出ていることに気づいた。
冷や汗が全身から吹き出すのを感じる。
「ぶごっ……」
もう一本、今度は左胸辺りからナイフが飛び出てきた。
再び、ユーニスが吐血する。
「んぶっ……ぶぐふっ…お”っ…ぐぁあっ!!?」
一本、また一本のユーニスの体からナイフが飛び出てくる。
それはだんだんと加速していき、針山のようになるまでに、そう時間は掛からなかった。
「ユッ…ユーニス!! 何だよこれ!? 」
永和は焦った。
だが、その手は空を切って空回りするだけで、何も状況は変わらない。
「い”っ…ゔっ……がっ!?!」
血が噴水のように吹き出し、永和の顔も返り血で赤く染め上げる。
「…んぐっ……!?!」
それは、最後の一本が頭から飛び出たところでようやく終わった。
ユーニスはもう、人の形を留めてはいない。
「ユッ…ユーニス…?」
無数のナイフに貫かれ、動かないユーニスに、永和は願うように話しかけるが、案の定返事はない。
「おっ…おいおい。 なん…これって…だれ…違う…俺は…何して……!?」
無数の思考が渦巻く中、ユーニスがこちら側に倒れ掛かって……
「ぐっ!?」
……誰かに蹴り飛ばされたかのように、飛んできた。
永和は飛んできたユーニスに押されるようにして後ろから倒れる。
起きあがろうとしてユーニスの肌が触れてしまい、すでに体が冷たくなっていっている事に気づく。
「はぁ…はぁ…なん…何だよ…何なんだよ…!」
ようやく状況を理解した永和に、怒り、悲しみ、喪失感、罪悪感……様々な負の感情が押し寄せてくる。
それは、先ほどのナイフのように、止めどなく永和の心を貫いていく。
絶望、憎悪、嫉妬、後悔、焦燥、虚無、怨嗟、怯え、苦悩、羞恥、悲嘆、嫌悪、孤独、不安、嫉視、懊悩、陰鬱、狂気、憔悴、恨み、自己否定、自己嫌悪、涙、悲劇、抑圧、敗北感、哀しみ、苛立ち、恐怖、動揺、空虚、闇、怒鳴り、暴走、混乱、幻滅、怠惰、痛み、悲壮感、捨て鉢、崩壊、絶叫、崖っぷち、胸の痛み、無価値感、胸の奥の重み、救いのなさ、孤立感、取り返しのつかなさ、心の裂け目、冷たさ、苦しみ、死にたい気持ち、胸が張り裂けそうな想い、見捨てられた感覚、底なしの悲しみ、抜け殻のような虚しさ、夜のような沈黙、心の闇、叫びたい衝動、吐き気、怒鳴りたくなるような焦り、涙すら枯れた悲しみ、世界から置いて行かれた感覚、壊れそうな心、触れたくない記憶、罪の重み。
ぺしゃん!
永和の心が潰れた音がした気がした。
タ…タ…タ…
永和の前を一つの足跡が通り過ぎる。
「はぁ〜!! これが復讐心…!! 最高に気分が良い!!」
ちょうどだ。
ちょうどユーニスの背後だった方から、一人の女が歩いて来たのだ。
コイツが、やったのか?
「全く、感情ってやつが芽生えてからは新たな出会いばかりだ! 博士には感謝しないとだな!」
とびきりの笑顔が張り付いたその女に、永和は見覚えがあった。
まさか……いや……それはない。
そいつは既に死んでいるはずだ。
俺とユーニスで殺したんだ。
間違いない。
だから、コイツは俺の知らない……
ガシャン!
無機質な金属音が響いた。
それは、この女の右足の代わりに付けられた、義足が岩を踏み締めた音だった。
風が吹く。
女の黒髪が風に靡くーーー
「…………………え?」
右足、黒髪、そしてナイフ。
頭の中で、テント点がつながっていき、一つの線となる。
「…久しぶりだな」
「お前、まさか…」
そう言う永和の声は震えていた。
「黒騎士、四番隊騎士団長……」
「カムイ……ラッカーレン……!!」
彼女がそう言って微笑む姿は、まるで悪夢のようだった。
「正解」
第二ラウンドが始まった。




