第四十四話「永和VSナリ=アーツ 後編」
どうしてこんなにも、世界は静かなのだろう。
――その時、永和の世界は確かに、音が消えていた。
数分前。
「がっ……!!」
胸を殴られ、数メートル吹き飛ばされる。
息が肺の奥から抜けて、視界が白く染まった。
だが、それでも地に倒れず、膝をついたまま、永和は歯を食いしばった。
(くそっ……マジで、全然通じねぇ……!!)
ナリ=アーツ。
かつて「魔王の中でも強くない」と聞いていたその存在は、まるで真逆だった。
圧倒的な魔力、鋭い拳、広範囲に及ぶ呪術攻撃。
一手一手が、致命に繋がる。
簡易魔術での防御と、回避を組み合わせて何とか致命を避けてはいるものの、永和の体はすでに満身創痍だった。
両足の感覚は薄く、左腕には骨のヒビ。
魔力の回復も追いついていない。
「ハァ……ハァ……ッ」
息は荒く、喉が焼ける。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
(……皆、どうしてる……?)
ふと、視線を横に向けようとして――できない。
ただそれだけの動作すら、身体が拒否していた。
この瞬間にも攻撃が飛んでくる可能性があるのだ。
気を抜けば即死。
それが現実。
(くそ……! 早く、誰か……!)
加勢を待つ余裕すらなくなってきた。
「遅いぞ、小僧」
ナリ=アーツがこちらへと歩いてくる。
その足取りは、悠然としている。
支配者の歩みだ。
「お前の魔術、確かに面白かった。 特にあの《簡易魔法・極限爆撃》とかいう技……」
口元が吊り上がる。
「だが、所詮は小技にすぎん。 ――我には届かぬ」
その瞬間、ナリ=アーツが手を突き出した。
空間が歪み、紫黒の魔力が球状に膨れ上がる。
(……まずい、受けきれない……!)
構えた。
が――
ズバッ!!!!
何かが、切り裂かれた音がした。
「……っ!?」
驚愕の表情を浮かべたのは、永和ではなく――ナリ=アーツだった。
見れば、伸ばしたその右腕の肘から先が、綺麗に斬り落とされていた。
「……なに?」
血しぶきは、ほとんど上がらない。
まるで空気を断ち切ったような、その一太刀。
斬撃の余韻が空間を震わせる。
「……ふう。間に合って、よかったわ」
その声を、永和は知っていた。
顔を向ける。
そこには――白銀の髪、引き千切られたエルフの耳。
長い刀を片手に、凛と立つ、一人の女。
「ユーニス……!!」
言葉を失いかけていた永和の瞳が、一気に熱を取り戻した。
「……思ってたよりも少し、早い再開になってしまったわね」
軽く笑い、ユーニスは永和に歩み寄る。
その時、懐かしい彼女の香りが鼻腔をついた。
どうやら、夢ではないらしい。
「でも、一体どうしてここに?」
「どうしてって、永和の全力の魔法は、遠くからでもよく見える。 もしかしたらピンチなのかもって思って、急いできたのよ」
ユーニスは「そしたらまさか魔王と戦ってるなんて…」とやや呆れながら、こちらに手を差し出してくれる。
「立てる?」
「……あぁ。 ユーニスが来てくれたなら、百人力だよ」
永和は、手を取り、ぎこちなく立ち上がる。
傷だらけの足が、もう一度地を踏みしめる。
「ふん……たかだか、耳無しのなり底ないのエルフが一人増えたところで、何も変わらんよ」
ナリ=アーツは、切り落とされた腕を再生させながら言った。
血肉が蠢き、あっという間に元通りになる。
「その程度で、我を止められると思うな」
「それは、どうかしらね」
ユーニスが静かに構える。
その目に、迷いはない。
「永和。 必ず、私たち二人であいつを倒すのよ」
「ああ!」
二人は、背中を預け合うように並んだ。
かつての街の外での出会い。
そこから重ねてきた時間と信頼。
互いを信じ、互いの力を知るからこそ、強くなれる。
「俺たち二人の力、見せてやろうぜ」
永和が、炎の簡易魔術を掌に灯す。
ユーニスが、鋭く刀を構える。
その気配に、ナリ=アーツの口元がまた吊り上がった。
「良い。 先ほどより、少しは楽しめそうだ」
その瞬間、三人の間の空気が張り詰めた。
魔力と剣気と殺意がぶつかり合い――
永和とユーニス、反撃の一手が始まる。




