第四十三話「ムラセル&ニイコタ&ガルザンVSシュン」
最悪の瞬間だった。
ナリ=アーツと一人きりで戦っている永和のもとへと、ようやく加勢に向かおうとしたその時だったのに。
その進路の前に、たった一人の男が、すっと現れた。
濁りのない青い空を背景に、笑顔を浮かべて立つ男――
シュン=ズースキルト。
元は仲間だった冒険者。
今は、魔王ナリ=アーツの忠実なる配下。
「止まれー」
棒読みのような、感情のこもっていない一言。だが、その言葉の向こうにあるのは、確かなる敵意だった。
「シュン=ズースキルト……!」
ガルザンが低く唸るように名を呼ぶ。
その瞳には怒りと警戒、そしてかすかな焦りが滲んでいた。
「よりによって、最悪のタイミングで……最悪の奴が出てきやがったな……」
「……シュンさん……なんで……」
ニイコタの声には、まだ迷いがあった。
腐っても元同じ冒険者。
未だ完全には振り切れていないところがあるのだ。
だが、ムラセルは違った。
鋭い眼光でシュンを射抜き、言い放つ。
「いくらお前が強いと言っても、今の状況は三対一だ。 それにこちらには、ダイヤモンドランク冒険者のこの俺もいるんだぜ?」
「そうです! 逃げるなら今のうちですよ!!」
ニイコタも声を張る。
そう、今こそ元仲間としての義務を果たす時だ。
永和のために、ここで突破しなければならない。
だが――シュンは、唇を吊り上げて笑っていた。
「……あのなぁ」
と、そのまま顔を撫でるように手をやると、溜め息交じりに首を傾ける。
「俺が無策で、こんなところに出てくると思うかよ?」
「……っ!」
「これだから馬鹿は……」
言いながら、懐から一つの小瓶を取り出した。
中には、どろりと赤黒い液体――血液が入っている。
「な……血……?」
「これか? あぁ、これ。 魔人ミーナと魔人メンジの血液さ」
シュンは言いながら、もう一つ、同じような瓶を取り出した。
その中身も、赤く、濁っていた。おそらく本物の魔人の血。
――さっきの戦いで、彼がこっそり回収していたのか。
「ちょ、お前……何を……」
「見せてやるよ。 真の俺の力をなぁ!!」
そして――
シュンは、その血液を
一息に、飲み干した。
「っ……!?」
誰もが、言葉を失った。
「ぎひひひ……っ!!」
その瞬間だった。
ズズズ……ズズ……ッ!!!
地面が震え、空気が揺れた。
シュンの体が、ぐにゃりと歪み始めたのだ。
腕が膨らみ、背中に突起が現れ、骨のような構造が盛り上がっていく。
口元は裂けるように広がり、黒い牙が覗く。
瞳は血のように赤く染まり、髪が逆立つ。
皮膚は部分的に鱗のように変化し、背中から黒い触手のような何かが蠢く。
――魔人、ミーナとメンジ。
その二人の魔性を、同時に受け継いだ混合体。
人間からの進化だ。
「《血縛》の能力は、動きを止めるだけじゃない……」
シュンの背後に、黒い球体が無数に浮かび上がった。
球体はミーナのものと同じく、重力と毒を兼ね備えた魔力の塊。
「血液を一定量、直接摂取することで――その存在の“特性”すら吸収することができるんだよ」
「う、嘘だろ……!?」
「じゃあ……再生能力まで……!?」
ムラセルとガルザンの言葉が重なる。
その答えを示すように、シュンは自らの胸を自分の爪で引き裂いた。
「ぐあっ!」
その傷口から血が溢れる――が、次の瞬間には、音もなく、元に戻る。
一秒と経たずに、完治。
「ばっ…化け物っ……!」
ニイコタが、わずかに後退した。
「はーい、雑魚共。 かかってこい」
シュンは、にやりと笑った。
その目は、既に人間の目ではなかった。
黒と赤が反転したような瞳。
感情のない色彩が、ただ静かに三人を見下ろしていた。
三人とも、瞬時に悟った。
――今、目の前にいるのは「かつての仲間」ではない。
完全に変質した、敵だ。
変身したシュンの体を覆う鱗と筋肉。
背後でうねる黒い球体。
異常なまでの再生能力。
ここにきて、あの魔人クラスの敵が再び現れたのだ。
永和に届かない。
時間が、奪われていく。
三人は、呆然としながらも、目の前の魔物を見据えるしかなかった。




