第四十二話「永和VSナリ=アーツ 前編」
戦場の中央。
ナリ=アーツの前に、村上永和はたった一人で立っていた。
周囲の喧騒はすべて遠ざかり、灰色の世界が二人を包む。
十代の少年――それでも、転生者として戦いを積み重ねてきた永和。
一方、幼い顔立ちの魔王――だが、魔王軍をまとめ、魔人を操るその存在は、英雄をも凌ぐ化け物だ。
「小僧……よくも、我の城を……壊してくれたな」
ナリ=アーツはゆったりと歩いていた。まるで遊び半分の相手に接近するように。
魔力を帯びた群青色のオーラが、その身の周囲に渦巻いている。
「わっ…悪かった……」
永和は思わず謝っていた。
どうしてそんな言葉が出たのか、本人にも分からない。ただ……圧倒的な存在感に、言葉を失っていたのだ。
しかし、そんな弱い気持ちは振り切り、即座に切り替える。
「いや違う、何言ってんだ俺…! 相手は魔王だぞ! この戦いは……絶対に負けられないっ……!」
永和は深く息をしながら、両手を構えた。
魔力量はまだまだあるのだから。
◇
最初の衝撃が、襲いかかった。
ナリ=アーツが手を前に差し出す。
『――はぁ!!!』
無数の光弾が、まるで雨のように飛んできた。数え切れない。
凄まじい速度と威力を持ったそれらが、土を削り、地面を抉りながら永和へぶつかる。
攻撃は最大の防御という。
永和は全力で簡易魔術を放ち、それを受け止める。
「が……ぐっ……!」
魔法は辛うじて形を保っているが、耐久性ギリギリ。
じわりと魔力が消耗していく感覚に、息が詰まっていった。
そして――
轟音と共に、魔法が砕かれ、永和は吹き飛ばされる。
地層が深く抉れる音が響き、厚い埃が目の前を覆った。
その衝撃は、自分の体が砕かれるかと思うほどの重圧だった。
永和は這い上がり、額に汗を浮かべながら魔力を再構築する。
「はぁ…はぁ……これで…終わらせる……!!」
早期決戦を狙う永和は、数々のピンチを切り抜けてきたあの大魔法を生成する。
目の前で、ナリ=アーツは腕を下ろして待ち構えていた。
まるで「次はどう来る?」とでも言うように。
「くらえ―――!!!」
永和は魔力を一点に集中し、咆哮した。
「《簡易魔術・極限爆撃》――!!」
爆炎と共に、巨大な魔力の塊が前方へ飛んでいった。
地を焦がし、風を巻き起こすような威力――自身のすべてを注ぎ込んだ一撃だった。
「…」
だが――ナリ=アーツは動かない。
ゆっくりと腕を前にかざすだけで、魔力が光の鎖のように流れ、永和の爆撃を受け止め、撥ね返す。
「はぁ、ぬる過ぎる」
涼やかな声。
まるで「子供の投石を受けただけだ」とでも言うように。
永和は喉がちぎれるほど驚いた。
「んな!?」
全力を乗せた魔法が完全に無効化されただけでなく、逆に吸収すらされているように感じられた。
永和の胸中で、鼓動が激しく鳴る。
自分の全力が、無力すぎた――そんな絶望が広がっていく。
体を押さえながら、永和は後ろへと数歩下がる。
目の前の敵。
まだ、そこには倒れる兆しすら見えない。
圧倒的な強者のオーラが、無慈悲に永和を抑え込む。
どんな魔術をぶつけても、効かない。
永和は、無意識に仲間の方をちらりと見た。
ムラセル、ニイコタとガルザン。それぞれがそれぞれの強敵に手こずっているようだ。
皆、限界の中で戦っている。
つまり、もう少しの間は俺とナリ=アーツの一騎打ちということだ。
永和の視界に、再び「絶望」の文字が踊る。
体からじんわりと冷たい血の味が溢れ、胸の奥が重く締めつけられる。
それでも――
「諦めて…たまるかよ…」
心の中で何度も、永和はそう呟いていた。
目に映る限り、自分がこの戦いを終らせる覚悟がある。
永和は膝を曲げ、両手を組んで深く息を吸い込んだ。
魔力量には自信があるが、体力の方はとうに限界を超えている。
先ほどから手の震えが止まらない。
――だけど、どんなピンチからも、俺は切り抜けてきたんだ。
俺ならやれるはずだ。
「…」
だが…
「くそ、早く加勢来てくれぇ……」
思わず、弱音が漏れる。
今の俺は凄く無様かもしれない。
だけど仕方がないじゃないか。
怖いもんは怖いんだ。
そんな気持ちも知らず、目の前のナリ=アーツは、静かに笑っていた。
「…さあ来い、小僧。 勝負はこれからだろう?」
「そ、そうだな…」
あと持っても数分だろう。
永和はそんなことを考えながらも、ナリ=アーツへと狙いを定めた。
◇
その頃、魔人ミーナを倒したガルザンとニイコタ、そして魔人メンジを討ち果たしたムラセルが、永和のもとへ駆けつけようとしていた。
勝利の余韻も束の間、三人はそれぞれ重傷を抱えながらも、地面を蹴る。
「急げ! 永和が……!」
「ナリ=アーツ相手に、たった一人じゃ……!」
「よし、行くぞ!」
だが、その前に――一人の男が、音もなく立ちはだかった。
「はい、止まれー」
棒読みのような、やる気の感じられない声。
しかし、その声を三人はよく知っていた。
「お前は……シュン=ズースキルト……!!」
元仲間にして、今は魔王の配下となった裏切り者。
その情報は皆に共有されているため、三人ともの表情が曇る。
「よりによって、最悪のタイミングで……最悪の奴が出てきやがったな……」
「そうそう、もうお前ら詰みだよ。 諦めろー」
薄ら笑いを浮かべながら、群青の剣を片手に、肩を軽く回すシュン。
その視線の先では、永和がまだ一人で魔王と対峙していた。
吹き飛ばされ、地を這い、それでも立ち上がっている。
「永和のためにも、速攻で突破するぞ!!」
ムラセルが叫ぶ。
「おぉ!」
「はい!」
その瞬間、三人が同時に地を蹴った。
シュンの剣が閃く。
ーーどうか間に合ってくれ…!!
戦いが、再び始まる。




