第四十一話「ムラセルVSメンジ」
戦場の片隅。
長い剣を背中に背負った、ダイヤモンドランク冒険者・ムラセル=ソー=ラジェルドが、冷静と熱気を混ぜた視線で一体の魔物を見据えていた。
その魔物――水と炎が混ざり合ったような強烈な気配を纏う魚人族の魔人、メンジ=ユータウス。
高さは人の倍ほどもあり、ヒレ状の大きな両腕と、全身を覆う鱗が光の角度で揺らめいている。
口からは泡の痰のような唾液が垂れ浮かび、狂気に満ちた瞳をぎらつかせていた。
ムラセルは剣を構え、呼吸を整える。
彼の表情は、戦いへの覚悟が帯びている。
相手は漆黒に光る剣を背中に二本背負い、まるで戦車の如き構えだ。
そして――
魔王の命令のもと、メンジは咆哮と共に走り出した。
「ギョォォォオオオ!!!!」
その叫びは凶暴で野生的。
だがムラセルはひるまず、後ろに構えた大剣を静かに抜いた。
「ははは! これは気持ち悪いな!!」
声は冷静。しかしその眼光には鋭い殺意が揺れていた。
◇
メンジはヒレを復数形に揺らめかせ、突進してきた。
速度は人間の限界を優に超える。
ムラセルは一歩後ずさり、二本の背負い剣を捻った。
そのまま一本を水平に展開し、もう一本を構え直す。
次の瞬間。
グイン!! と鎧鳴りの音が鳴り響いた。
メンジのヒレが斬られ、鱗が飛び散る。
しかし――相手は止まらない。
「ギョォォォオオオ!!」
再び跳ね上がるように加速。
今度は速度を活かして、ムラセルの腹部へ突進。
ムラセルは即座に後方へ踏み下がり、二本目の剣を水平にスイングして左脇を深々と割った。
豪快なスライスにも似た音と共に、鮮血があふれた。
が――メンジに止まる気配はない。
血しぶきを纏いながら、さらに二歩、三歩と距離を詰めてくる。
「ふん、魚風情が…度胸だけは認めてやる…!」
ムラセルは短く息を吐いた。
一方、倒れるどころか、逆に相手は再生を始めていた。
切断された鱗は瞬く間に復活し、切り刻まれた肉体からは泡のように魔力の霧が湧き上がる。
その光景は、まるで湧き水のようだった。
ヒレの痕にジクジクと血がにじむ。
だが、まったくダメージとして作用しない異様さ。
ーー永和のために、早く倒さなければいけないのに。
その生命力にムラセルの眉も険しくなる。
◇
再生したヒレで次の連続攻撃を仕掛けてくるメンジ。
刹那の動きで大剣を交差させ、巨体に振り下ろす。
ガキィン!!
ドゴッ!!
ギャッ!?
音が連続し、土煙が上がる。
ムラセルの体は転倒寸前まで吹き飛ばされ、鎧の重みで膝がガクンと揺れる。
そこへ――
矢鱗の飛び散る音を纏いながら、さらに2連撃、3連撃とヒレで殴撃され、鎧板にひび割れが走る。
体中から飛び散る火花。
息は止まりそうだ。
傷は完全に防げず、擦り傷の雨が全身を叩きつける。
「く……このままじゃ……いつまで経っても終わらねぇ……!」
疲労と焦りが混ぜられた声が、徐々に感情を失っていく。
しかし――
次の瞬間、ムラセルは激しく腰を沈め、背負い剣を両手で引き寄せる。
「……くそ……ここで終わるわけには……」
ヒリヒリと浮き出る傷跡を堪え、息を吸い、剣を肩に構える。
その眼光は、闇の中でも鮮やかに刃のように光っていた。
◇
時間は秒にも満たない静寂に支配された。
大地に響くのは、僅かな虫の声と、鎧の軋む音だけ。
メンジは胸を抑え、荒い呼吸をしている。
「ギョギョ?」
水音のような咆哮と共に、メンジが首を傾げた。
その時、ムラセルが動いた。
――走る。
ワン、ツー、スリー。
剣先を地面で滑らせながら、剛速で襲いかかるムラセル。
メンジは反応しようとするも、わずかな遅れ。
「はぁぁぁぁぁああ!!!!」
ムラセルの声が轟いた。
振りかざされる両剣の刃が、光と熱をまとい――
そのまま一気に叩き下ろされた。
「《皇双剣》!!」
発動音と閃光が混ざり、大地が輝くような閃光が走る。
メンジの巨大な体が、ミクロ単位で裂かれていく。
背筋、内臓、骨、皮膚。
すべてが斬り刻まれ、爆音と共に断末魔が破裂したように空に響く。
「ギョ、ギョォォォオオオ!!!!!」
メンジの咆哮は最後まで狂気に満ちていた。
そして――
その体は、真っ二つに引き裂かれ、爆ぜるように消えた。
◇
四方の血煙と共に響くのは――不気味な静寂。
大量の雨音かと思うほどの水音が、残りの血と魔力を絡めながら地に降り注いでいた。
ムラセルは、ゆっくりと剣を収め、膝を付いた。
周囲には、まだ魔族たちが息絶える音がこだましている。
剣身には赤い液体が滴り、砂と混ざって濃く黒くなっていた。
「……終わったか……」
胸を押さえ、呼吸を整える。
なかなかの疲労。
だが、その瞳はまだまだ輝いている。
しかし、時間は残酷だった。
再生能力に長けたメンジとのこの勝負。
すでにかなりの時間が経過していたのだ。
ムラセルは重い体を何とか起き上がらせる。
視線は戦場のほうへ、永和がいる方向へと向かっていった。
「永和……今行くからな……!」
剣を背負い、再び歩き出す。
静かな世界の中で、血の匂いと重圧だけが残されていた。




