第三十七話「開幕」
大地を揺るがすような重圧が、空気を通して肌に突き刺さってくる。
俺たちザキカメアの冒険者たちは、街の大門の前にずらりと並び立ち、
草原を埋め尽くす群青の軍勢――魔王ナリ=アーツの軍団と対峙していた。
戦場の中央で、目が合う。
距離はあるはずなのに、あの異様な存在感は何だ。
ナリ=アーツが、ゆっくりと立ち上がった。
その小さな身体が、大地を支配する巨人のようにすら見える。
無数の魔族が彼の動きに合わせて静まり返る。
まるで大地そのものが、魔王の鼓動と一体化したかのようだった。
「小僧……よくも、我の城を……破壊してくれたな」
ナリ=アーツの声は、小さく低い。
だが、それは風のように大気に乗って――確実に俺たちの耳に届いた。
「す、すいません……!」
思わずそう言ってしまった。
謝って済むことじゃないのは分かっている。
でも、なんというか……無意識に口をついて出た。
もちろん、ナリ=アーツは「ふん」と鼻で笑い、そして――
舌打ちをした。
「……チッ」
たった一音。
それだけで、背筋が凍りついた。
ナリ=アーツが右手を持ち上げる。
「貴様らに面白いものを見せてやろう――」
そう言うと、虚空に何かを描くように指を動かした。
漆黒の魔法陣が、空間に浮かび上がる。
円が重なり、いくつもの線が交錯し、そして――
ズゥンッ!!
空間が、裂けた。
そこから現れたのは、二つの異形。
一体は、黒い球体のような物を持つ女。
黒髪を三つ編みにしており、白い仮面の下からは、人間とは思えないほど澄んだ赤い瞳が見える。
もう一体は、人の背丈ほどもある長槍を構えた魚人の男。
肌は濃い青に光り、両目は爬虫類のように鋭く、腰には海藻のような装飾がゆれていた。
「なっ……」
「ま、まさか……あの二人……?」
ギルドの仲間たちが、ざわつき始める。
「ちょっ、あれ……まずくないか……?」
「いや、間違いない……!」
「ほ、本物なのか……?!」
恐怖と動揺の声が広がる中、ぽつりとガルザンが俺の隣で呟いた。
「……皇和三大魔人の一人……ミーナ=ウティスタ。 そして、海洋領域の守護神だった魔人……メンジ=ユータウスだ」
「誰かは知りませんけど……何となく分かります。 強いんですよね?」
「強いどころじゃねぇ。 魔王にも引けを取らねぇバケモンだ」
「ま、まじかよ……」
俺は、乾いた喉で唾を飲み込んだ。
マジで“詰んだ”かもしれないと思った。
冒険者たちは震えていた。
あまりに不利な戦力差。あまりに絶望的な戦況。
そして、あまりに鮮やかな敗北のイメージ。
その時だった。
「――聞けぇぇええ!! 冒険者たちぃぃいいい!!!」
ギルド中に響き渡る怒号。
それは、俺たちを救う雷鳴のようだった。
「ムラセルさん……!」
ムラセル=ソー=ラジェルド。
ガルザンが連れてきてくれた、ダイヤモンドランクの冒険者が、前に進み出る。
「これは戦争だぁ!! よって、細けぇ作戦を伝えている暇はないぃ!!」
その一言に、全員が黙った。
いつも騒がしいガルザンも、ベテラン冒険者も、若者たちも――
皆が、ムラセルの言葉を待っていた。
「だから、お前らは雑魚魔族を全員ッ!! 殺せぇえええええ!!!!」
「……!」
「雑魚どもは任せた!!! だが、あの三体――ナリ=アーツ、ミーナ=ウティスタ、メンジ=ユータウスは……」
バシッ!!
ムラセルは力強く、俺たち三人を指差した。
「俺たちがぶっ殺してやる!!!」
「えっ……」
俺の小声は、次の瞬間、完全にかき消されることになる。
「おおおぉおおおおおおおおおおお!!!!」
冒険者たちの咆哮が、野を揺らした。
さっきまで怯えていた奴らは、もういない。
そこに立っていたのは――誇り高き、戦士たちだった。
「ムラセルさん……すごい……」
「いやぁ……そりゃああんなこと言われたら、やるしかないでしょ……!」
「仕方ないか……よし、やるぞ。 責任は……俺たちにあるんだからな!」
「……はい!! 絶対に、やり遂げましょう!!」
そして――
ナリ=アーツが、玉座の前で手を掲げた。
魔族たちが、一斉に咆哮を上げる。
――ウオオオオオオオオオオッ!!!!!!
それに負けじと、冒険者たちも吼える。
――オオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
その音は、まるで雷鳴のようだった。
青空の下、鉄と鉄がぶつかり合い、血と魔力が弾け飛ぶ。
ザキカメアの冒険者たちと、魔王軍との戦争が――ついに幕を開けた。




