第三十六話「襲来する群青」
――朝。
約束の時間より少し早めに、俺とニイコタはギルドへとやって来た。
「ちょっと、早く来すぎましたかね?」
「いや、むしろこれでいいんだ。 今回は本当にヤバいやつが相手なんだから、できるだけ準備は念入りにしたい」
魔王ナリ=アーツ。
あの化け物が、俺たちを――いや、この街ごと襲ってくる可能性がある。
だからこそ、少しでも早く情報を共有し、対策を練らなければならない。
そして――
「……あれ?」
ギルドの扉を開けると、そこにすでに立っていた男がいた。
でっかい背中。分厚い肩。いつもの黒の革鎧が、妙に引き締まって見える。
「お、早ぇじゃねぇか。 お前らにしては上出来だ」
「ガルザンさん! もう来てたんですか!」
「当たり前だろうが。 こっちはあの後すぐ連絡して、泊まってる宿まで呼びに行ったんだ。 もう着いてるぜ。 ……こっち来い」
言いながら、俺たちをカウンターの奥の部屋へと連れて行く。
このギルドの中でも、特に限られた人間しか立ち入ることのできない――VIPルーム。
そして、扉を開けると。
「紹介する。 こちらが、ダイヤモンドランク冒険者――ムラセル=ソー=ラジェルドさんだ!」
そこに、一人の男が立っていた。
背は高い。俺よりも一回り――いや、二回りは上だろうか。
体はがっしりしているが、それでいて柔らかな曲線もあり、まるで鍛え上げられた彫刻のような肉体だった。
鋭く整った眉、琥珀色の眼は意志の強さを語っている。
短く刈られた銀色の髪に、薄く微笑んだ唇。
立っているだけで“只者じゃない”とわかる、強者の風格。
黒と赤を基調としたジャケット風の戦闘服には、金糸の刺繍が施されており、背中には巨大な剣がクロスさせて背負われている。
「……っ!」
思わず息を飲んだ。
これが――ダイヤモンドランク冒険者。
「こっ、こちらこそ、この度は……! どうか、よろしくお願いします!!」
背筋を伸ばして、俺が頭を下げる。
そのすぐ後に、ニイコタもぺこりと。
「お願いします!」
「ハハハハハ!! ガルザンの友達がピンチと聞いてな! 助けてやろうではないかァ!!!」
室内に響き渡るほどの大声で、ムラセルが笑った。
その声だけで空気が震えたような気がする。
――す、すごい迫力だ……
見た目だけじゃなかった。存在そのものが強い。
「あり、がとうございますっ……!」
「アァァァ!! 任せろ!! 魔王だと!? そんなモノ、我の剣で切り伏せてくれるわ!!!!!」
あまりの豪快さに、ニイコタが思わず後退りした。
あのニイコタが、だ。普段あんなに冷静な彼女が、完全に押されている。
「……たっ……頼もしいです……っ!」
声が裏返ってるぞ、ニイコタ。
だけど、正直なところ俺も似たようなものだ。
これほどの存在感、そして説得力を持った人物に会うのは、人生で初めてだった。
「この人、本当に強いんだろうな……」
確信にも似た直感が、心の奥でささやいていた。
そしてガルザンが一歩前に出て、手を叩いた。
「じゃあ、自己紹介から始めるとしようか。
これから一緒に命張る仲間だ。お互い、遠慮すんなよ」
「は、はいっ!」
こうして、作戦会議が――始まった。
◇
作戦会議室のテーブルを囲んで座る四人。
自己紹介が終わったところで、次に話すのは――戦闘スタイルについてだった。
「まず俺は、膨大な魔力を使った簡易魔法による一点突破型の火力担当だ。 爆撃が主力だな。 ただし、持久戦は苦手。 長期戦はできるだけ避けたい」
「私は接近戦担当です。 《超双剣》で切り込みますが、防御は得意じゃありません。 足を止めての持久戦にも向かないので、回避重視のヒットアンドアウェイが基本です」
「なるほどなるほど、じゃあ俺は前衛でタンク役をやるとしよう! 俺の役目は簡単だ! 敵をぶっ飛ばすッ! そんで仲間を守るッ!!!」
……シンプルだが、すごく頼もしい。
ムラセル=ソー=ラジェルド。名前からして豪快だったが、中身も予想以上に“豪快”な男だ。
戦術としては、前衛ムラセル、中距離ニイコタ、後方から俺の魔法。
それぞれの役割が明確に分かれている。
「なかなかいいバランスだな。 少なくとも即席パーティにしては上出来じゃねぇか」
ガルザンも腕を組みながらそう言った。
よし、このメンバーなら――
いける。
そう思いかけた、その時だった。
バァンッ!!
ギルドの大扉が、けたたましく開かれた。
「たっ……大変だぁっ!!!」
駆け込んできたのは、一人の中堅冒険者の男。
息を切らし、額に冷や汗を滲ませたその顔は、明らかに常軌を逸していた。
「お、おいどうした!!」
俺が言うよりも先に、ムラセルがすごい勢いで叫んでいた。
「あぁ! 何があった!!」
「ま、街の大門の外に……ッ! 魔王軍が攻めてきやがった!!!!!」
その言葉に――室内の全員が、凍りついた。
「な、なに……」
「う、うそでしょ……?」
「っっ!」
……ついに、来た。
魔王ナリ=アーツ。
あの日、俺たちが崩したオブオ城――あの“仕返し”が、ついに来たんだ。
「くっ……!」
「よし、全員集合だ!! このギルドに所属する冒険者はすぐに集合!!」
ギルドの中で号令がかかる。
ざわめきが怒号に変わり、人の波が戦場のように揺れる。
俺たちもすぐに装備を整え、武器を手にし――ギルドの門を出た。
◇
街の大門。
そこには、すでにおよそ百人ほどの冒険者が集まっていた。
ザキカメアで活動する、猛者たちの精鋭――だが。
それでも――足りなかった。
「こ、これは……」
門の外。
見渡す限りの緑の草原。
……の、はずだった。
だが今、その草原は――群青色に染まっていた。
「な……っ」
鎧、鎧、鎧。
群青の重装を纏った魔族たち。
その数、ざっと見積もって一千は超える。
それだけでも脅威だった。
だが――さらにその中央。
「ッ……!!」
玉座があった。
そう、王のための椅子だ。
真紅の絨毯が敷かれた鉄の台座の上。
そこに鎮座していたのは、他でもないーー
幼い外見。
くしゃくしゃの髪。
小さな手。
短い脚。
しかし、そのすべてを超越する威圧感が、そこにはあった。
「遅かったな、小僧」
奴の唇が動いた。
俺の名を、呼ばずに。
だが、明らかに俺たちを見て言った。
「くっ……!」
間違いない。あれは――
「魔王……ナリ=アーツ……!」
そして。
ナリ=アーツが、玉座から立ち上がった瞬間。
魔族たちが、一斉に剣を掲げた。
その動きは、まるで訓練された軍隊のように、美しく、恐ろしく揃っていた。
「おいおい、こんなんじゃさっきの作戦も意味ねぇな…」
驚きの表情を浮かべながらガルザン。
「でも、やるしかない…!」
ザキカメアの冒険者たちと、魔王ナリ=アーツ率いる魔王軍との戦いが、今始まる。




