第三十五話「後の祭り」
ギルドの空気が、重い。
冒険者たちがざわざわと噂話を交わしている。
けれどその視線のほとんどが、俺たち――永和とニイコタ――に向けられていた。
そりゃそうだ。
数日前、魔王城であるオブオ城を崩壊させた犯人が、目の前にいるのだから。
「んでよ……そんな大事件を起こしたのが、おめェら二人ってわけか……」
低く、重い声が落ちてきた。
視線を上げると、そこにはギルドの兄貴分、ガルザンの厳しい顔があった。
その表情を見た瞬間、俺は思わず背筋を伸ばした。
なにせ――あの優しくて面倒見のいい、兄貴肌のガルザンが。
今、本気で怒っている。
「……永和」
「……はい」
「……ニイナ」
「……はい」
「反省してます……」
俯いたまま、俺も、隣のニイコタも声を揃えて言った。
普段のガルザンなら、苦笑しながら頭を撫でてくれるはずなのに。
今日の彼は一切の笑みも見せない。
「バッカ野郎どもが!!」
突然、テーブルを叩いた大きな音がギルド中に響き、俺とニイコタはビクリと肩を跳ねさせた。
「いいか! お前らが何をしでかしたのか、ちゃんと理解してるのか!? ただ魔王城を壊したとか、そんな次元の話じゃねぇ!」
「……っ」
「オブオ城はな、ただの魔王の住処なんかじゃねぇんだ。 あれはこの世界の歴史そのものを語る重要な遺構で、神代の頃の文献にも登場する由緒ある建築物だったんだぞ!?」
……知らなかった。
いや、転生者の俺が知ってるわけないのは当然として、ニイコタもそんな顔をしている。
そんなの、予習しておかないと分かるわけがない。
けれど、今それを言い訳にはできない。
「それにな……お前ら、二人だけで乗り込んだんだろう? 誰にも相談せずにな。 しかもだ……」
そこまで言って、ガルザンは深く息を吐いた。
「一番ヤベェのは、魔王城を破壊したってことは……それ、魔王に対する宣戦布告みてぇなもんなんだよ」
「や、やっぱりそうなりますよね……」
当たり前だ。
俺だって、家壊されたら怒る。
たとえ理由があったとしても、結果として“城を消し飛ばされた”魔王が、黙ってるわけがない。
魔王ナリ=アーツ。
奴の反撃は、時間の問題だ。
「ニイコタ……本当に、ごめん。 俺、やっぱりあの時もっと慎重になるべきだった」
隣を見ると、彼女は首を横に振った。
「……いやいや。 私もあれが最善だと思ったし、結局それで私は助かったんです。 あの時、永和さんがあれを撃ってくれなかったら、きっと……」
感謝と、反省と、色々な感情が入り混じった言葉だった。
でも――
「もういい!!」
ガルザンの怒鳴り声が、それを一刀両断した。
「お前らで慰め合っても、何の意味もねぇんだよ。 考えるのは、次のことだ!」
「……次?」
「そうだ。 オブオ城をぶっ壊して、ナリ=アーツを怒らせた。 おそらく、奴は復讐しにくるぞ」
「……っ!」
その言葉は、稲妻のように俺の背筋を走り抜けた。
あの魔王が、この街に来る――?
俺たちを殺すために?
「お前らだけで、それをどうにかできるのかって、聞いてんだよ!!」
「……で、できません……」
無理だ。
あんな化け物、俺たち二人だけでどうにかなるわけがない。
「……だよな」
ガルザンは、怒りをグッと飲み込むようにして、ゆっくりと口を開いた。
「そこでだ。 俺の知り合いに一人、ダイヤモンドランクの冒険者がいる」
「……っ!?」
「そいつに声をかけてある。 明日の朝、ここに来てくれる予定だ。 俺たち全員で集まって、作戦会議を開こう」
なんという……なんという心強さだろうか。
怒っていたはずのガルザンが、誰よりも先に次の行動を起こしていた。
「まかせろって。 こういう時は、行動が早ぇヤツが勝つんだよ」
「が、ガルザン兄貴ィィィィ!!!!」
思わず、感情が込み上げてきて、俺は涙目で叫んだ。
「……ありがとうございます!!!」
ニイコタも同じく、深々と頭を下げた。
するとガルザンは、ふっと肩の力を抜いて――
「明日の朝一番だ。 遅れたら承知しねぇからな」
背を向け、ギルドの扉へと歩いていった。
その背中は、これまで見た中で、一番頼もしく、そしてカッコよかった。
「……やっぱ、ガルザン兄貴は……最高だな」
「はい。 心から、そう思います」
そう呟き合いながら、俺たちはその背中を、ただただ見送った。




