第三十四話「あの時ぶりの」
金属がぶつかる鋭い音が、王室の奥に響き渡った。
「ぐっ…負けてたまるか……!」
血を拭いながら、俺は荒く息を吐く。
全身が痛い。
腕も、脚も、既に限界が近い。
だが、ここで終わらせるわけにはいかない。
ニイコタも同じだった。
息を切らしながらも、短く「大丈夫です」とだけ言って、再び剣を構え直す。
シュンのスキル《血縛》による拘束は、短時間とはいえ、致命的だ。
一撃でも食らえば、次の瞬間には自由を奪われる。
それでも――戦う。
動きを封じられても、拘束されても、手が震えても。
この場から、生きて帰るために。
ニイコタと二人、何度も連携して仕掛ける。
だが、シュンはそれを涼しい顔で捌く。
「え、まだやる気? もう早く死ねよ」
群青の鎧がギラリと光る。
あのナリ=アーツから授けられたものなのだろう。
見た目は貧弱そうなくせに、妙に似合っているのが腹立たしい。
「……こうなったら、一か八かだな」
限界は、もう目の前だった。
俺の呟きを聞き取ったのか、ニイコタがこちらにちらりと視線を向けた。
「え、まさか永和さん……?」
その声音には、驚きと困惑、そして――うっすらとした覚悟が滲んでいた。
「ああ。そのまさかだ」
ニイコタは一瞬だけ、ぐっと目を閉じ、すぐに顔を上げる。
「……はぁ、分かりました。 ただ、私は責任取りませんからね!?」
それだけ言い残すと、彼女は剣を握り直し、全力でシュンとの間合いを詰めた。
迷いも、恐れもない。
ニイコタは信じてくれている。
俺が万が一のために知らせておいた、あの魔法を成功させることを。
「チッ、時間稼ぎかよ。 そんなの、何度も潰してきたっつーの」
舌打ちをしながらも、シュンもニイコタの素早い双剣に対応せざるを得なくなる。
その分、俺に向けられる視線が減った。
今しかない。
俺は後方へ下がり、両足を強く地面に踏みしめ、両手を天に掲げるように広げた。
(ここまで……やるのは、”あの時”ぶりだな)
体の奥から湧き上がるような熱。
怒涛のように渦巻く魔力が、骨の中から噴き出してくる。
この世界に転生して以来、ずっと感じていた。
この力は、俺だけのものだ。
だからこそ――使い切る。
今、この瞬間のために。
血管が浮かび、指先から淡い光が漏れる。
空気が震え、周囲の瓦礫が浮き上がった。
それは、魔力の暴走にも似た兆候。
けれど、俺は止めない。
《簡易魔術・極限爆撃》――ッ!!!
放った魔力は、光の柱となって空間を切り裂いた。
轟音が響く。
地が揺れ、空間そのものが軋むような錯覚に襲われる。
天井が一瞬で吹き飛んだ。
魔王城の石造りの天蓋が、爆風で砕かれ、瓦礫の雨と化す。
「おまっ……!? 正気かァ!?」
シュンの絶叫がどこか遠くで響く。
間一髪で爆心地から離れたのか、俺たちがいる床だけはなんとか持ち堪えている。
だけど、もはやその周囲は――
全壊だ。
王室の壁は崩れ、廊下は瓦礫の山に。
玉座も、あの忌々しいナリ=アーツの姿も、煙の向こうにかすんで見えない。
その爆煙の中で、俺は、膝をついた。
「っは、はぁ……っ……」
息が、できない。
全身から魔力を搾り取った代償が、身体を蝕む。
だが、意識はある。
……生きてる。
「永和さんっ!」
駆け寄ってきたニイコタが、膝をついた俺の肩を支える。
「……無事、か……?」
「はい。私はなんとか。でも、こんな規模の魔法……ほんと、正気の沙汰じゃありませんよ……!」
苦笑するニイコタの頬には、汚れと血が混じっていた。
だが、それでも――無事だ。
そして、俺も。
「……で、シュンとナリ=アーツは……?」
二人で辺りを見渡すが、群青の鎧を纏った彼らの姿はどこにも見えない。
ただ、崩れた壁の下に、シュンの剣だけが刺さっていた。
「……よし、とりあえず……」
「逃げましょう!!」
ニイコタの言葉に、俺は即座に頷いた。
「同感だッ!!」
二人で、ボロボロの体を引きずるように立ち上がり、崩壊しかけた魔王城を駆け出す。
焼け落ちた天井から差し込む陽光が、どこまでも赤かった。
……生きて、帰る。
それが、今一番大事なことだった。




