第三十三話「血の束縛」
バシュンッ!!!
乾いた音と共に、空気が裂けた。
先に動いたのは――シュンだった。
「来るぞッ!!」
俺の叫びが終わる前に、視界の端で“それ”が動いた。
一瞬。
たったそれだけの時間だった。
目で追える限界の速度で、群青の鎧を纏ったシュンが、まるで地を滑るようにこちらへ詰め寄ってきた。
足音すら置いていくかのような――尋常じゃない速さ。
「はああっ!」
迫る剣閃。
避ける時間などない。刃は、一直線に俺の首を狙っていた――!
「甘いッ!!」
直前、ニイコタが滑り込むように割って入り、双剣でシュンの剣を弾いた。
ギィィィィンッッ!!
火花が舞い、鉄と鉄がぶつかる金属音が王室に響く。
「うっ……!」
だが、その反動は凄まじかった。
シュンの攻撃を受け止めたニイコタの小さな身体が、そのまま吹き飛ばされる。
「ニイコタッ!!」
「っ、大丈夫です……!」
返事はあるが、今の一撃は重かった。
俺の鼓動が加速する。
シュンはその反動で一瞬、バランスを崩しているように見えた。
「今だッ!! 喰らえ――!!」
俺は両手を前に突き出し、簡易魔術の魔力を最大限に込める。
長い溜めは要らない。即座に放つ。
その火力は、並の冒険者なら影も残さず吹き飛ぶ威力だ。
だが――
「おっと?」
シュンは軽く笑い、なんと空中で足を蹴るような仕草をした。
シュンの体が、弾かれたように横へと滑った。
――躱された!? あの体勢から!?
「バカな……ッ!」
着地したシュンは、うっすらと笑みを浮かべながら、まるで踊るように近づいてくる。
「はい、おつかれー」
その瞬間――
ギィィ――!!
群青の剣が、俺の胸を浅く裂いた。
「ぐっ……!!」
鋭い痛みとともに、鮮血が視界を染める。
傷は浅い……だが、出血が多い。やばい。
(……長期戦はまずい)
そう判断したのか――
「永和さん、下がってて下さい!」
ニイコタが飛び出す。
あの技を使う気だ。
「《超双剣》ッ!!」
緑の残光が走る。
ニイコタの身体が風と一体化するように、左右の剣を素早く繰り出した。
一撃、一撃がまさに必殺。風のように舞い、刃を滑らせるその技は、双剣スキルの頂点の一つ。
「くっ……!」
だが、シュンは――
「せいっ!」
その勢いごと、剣を下から大きく振り上げて弾き返した!
「っああっ!?」
剣と剣がぶつかり、跳ね返されたニイコタの腕が裂かれる。
鮮血が飛び、赤い軌跡が空を舞った。
「ニイコタッ!!」
「……大丈夫、かすり傷です!」
必死に立ち上がる彼女。
だが、シュンはそれを見て、嫌な笑みを浮かべていた。
(クソッ……ここで、終わらせるッ!!)
今こそ、奴の隙だ。
俺は両手を広げ、最大出力で魔力を練り上げる。
「今だ――!!」
……その時だった。
「《血縛》」
聞き慣れない単語が、空気を裂いた。
「……がっ……!?」
全身が、突如として鉛のように重くなる。
いや、それどころか――
「動か……ない……!?」
魔力が、止まった。
手足も、動かせない。
その瞬間、胸に激痛が走る。
「がっ――ああぁっ!!」
さっき斬られた傷口を、まさにピンポイントで蹴り飛ばされたのだ。
体が宙を舞い、床に叩きつけられる。
「がはっ……!」
視界が揺れる。
喉に血が上がってきて、息が詰まる。
「永和さん!!」
ニイコタの叫びが遠くに聞こえた。
「あなた……いったい、何をしたの?」
血を垂らしながらも、ニイコタは問う。
それに対して、シュンは悪びれもせず、血のついた剣をぺろりと舐めた。
「これが俺のスキル、《血縛》!」
――スキル、だと。
ニイコタが目を見開く。
「もしかして……斬りつけた相手の血を取り込み、その血で動きを封じる、拘束系のスキル……!?」
「おおっ! 当たりぃ~! 君、頭いいねぇ!」
舌を出し、ゲラゲラと笑うシュン。
「クソッ……!」
これは、まずい。
あのスキル、地味だが相当やっかいだ。
一撃でもくらえば、動きが止められる。
そして何より――
シュンは、強い。
体術、スピード、剣技、そしてスキル……
すべてが高レベルだ。
「魔王の配下になったくせに、調子に乗るなよ…!」
だけど――
(負けるわけには、いかない)
この怒り、必ずお前にぶつけてやる。




