第三十話「魔王城」
馬に揺られて二時間。
空の色は昼を過ぎても眩しく、見渡す限りの草原がどこまでも広がっていた。
「なぁ、魔王って何人くらいいるんだ?」
「詳しい数は知られていませんが、大体十数人だと言われています」
「へぇ、意外と少ないんだな」
「魔王を名乗るには、凄く難しい条件があると言われていますからね。 ただ、種族もスキルもそれぞれ違って、調べると面白いですよ」
そんな会話をしていると、それは突然終わりを迎える。
目の前に現れたのは、黒く、重たく、そして不気味なまでに静まり返った巨大な城。
オブオ城。
魔王ナリ=アーツが拠点とする、その居城だ。
「ついに着いたな……」
俺は鞍から飛び降り、馬の手綱をニイコタに渡す。
彼女もゆっくりと馬から降りた。顔には緊張が走っている。
「うう……なんか、近づくだけで胃がキリキリしますね……」
「確かにそうだ。 この感じ、本当に“魔王の城”って感じだ」
そう言って、俺たちはそびえ立つ城門へと視線を向けた。
――しかし。
「……門番、いないな」
「まさか……あの人?」
「シュンか……」
今朝、ギルドで見かけた銀髪の男、シュン=ズースキルト。
魔王城を単独で目指すと息巻いていたあの男が、先にここへ辿り着いたのだとしたら――
門番がいない理由も納得がいく。
「倒した……のかもしれないな」
「あぁ、たしかに……」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
だが、もうここまで来たのだ。
引き返す理由はない。
「……門番いないなら、ちょっとだけ入ってみるか」
「うぅ……ちょっとだけ、ですよ?」
「もちろん」
ギィィ……
大きな扉を手で押すと、驚くほどあっさりと開いた。
軋む音が、俺たちの緊張感をさらに引き締める。
扉の奥には、陰鬱な空間が広がっていた。
壁には重厚な石が組まれ、天井は高く、冷たい空気が通路を支配している。
風の流れすら感じない。何かが“止まっている”ような、そんな不気味さがあった。
「……静かすぎますね」
「あぁ。 気をつけろよ、ニイコタ」
ゆっくりと歩を進める。
何かが、いる。
そんな直感だけが、ずっと背中を撫でていた。
――そして。
「……来た!」
俺の背後に、殺気のような気配が現れた。
振り返った瞬間、そこにいたのは――巨大な鬼のような魔物だった。
漆黒の皮膚、黄金の瞳、牙のように鋭く伸びた牙。
肩まで届く腕には、骨のような装甲が覆っている。
「やべっ……! こんなヤツ、聞いてないぞ!?」
「距離、取りましょう!」
即座に横に跳ねる。
だが、次の瞬間には――ニイコタが動いていた。
「《超双剣》!!」
両手に握られた二本の剣が、青白い光を纏う。
彼女はそのまま魔物の正面を駆け抜けた。
刹那。
「ハァッ!!」
鋭い斬撃が、鬼の両脚を一瞬で切り裂く。
ドスン、と音を立てて、膝を折る魔物。
「今です!」
「おぉっし! 吹っ飛べぇえぇぇッ!!」
俺は地面に手を当て、魔力を一気に集中させる。
射出。
魔力の塊が鬼の胴体を直撃した瞬間、眩い閃光とともに爆発が起こる。
爆炎が巻き上がり、石畳を吹き飛ばすほどの衝撃。
煙の中に残るのは、完全に粉砕された魔物の残骸だけだった。
凄まじい威力だが、これは一般的に簡易魔術と呼ばれる、魔力をそのまま打ち出すだけの魔法である。
「……ふぅ、やったな」
「上手く連携できましたね」
自然と、笑いが漏れた。
二人とも息を切らしていたが、呼吸のリズムは合っている。
ニイコタのスピードと俺の魔法火力、それが上手く噛み合っているのが分かる。
だが――。
「……来たよ、また」
「!」
気配。二体。さっきと同じ鬼のような魔物が、通路の奥からこちらを睨んでいる。
「これ、無限湧きじゃないですよね……?」
「さすがにそれは冗談だろ……!?」
冗談であってほしかった。
俺たちは再び構え、流れるように戦闘に入る。
一体は俺の魔法で吹き飛ばし、もう一体はニイコタが足を止めた後、俺の魔力を叩き込む。
――が、終わらない。
さらに、三体、四体と同じ魔物が、今度は天井や床下から現れる。
「これ……キリがないぞ!!」
「永和さん、ここ、出ましょう! 今ならまだ間に合います!」
「おう!! 引くぞ!!」
二人は揃って来た道を駆け戻る。
だが――
「……は?」
あったはずの扉が、そこに、ない。
壁が閉じているとか、隠れているとか、そういうレベルじゃない。
そもそも、その場所に“扉があった痕跡”すら消えていた。
「まじかよ……」
「……ま、まさか入った瞬間、閉じ込められる“魔術式”が……?」
ゾクリ、と背筋を冷たいものが走る。
振り返れば、先ほど倒したはずの鬼たちの亡骸が、煙のように溶けて消えていく。
そして、その場に再び立っていた。
「おいおいおい……なんだこれ、無限リスポーンってヤツかよ……」
この場から、逃げられない。
それが、じわじわと二人の意識に染み込んでいく。
「なぁニイコタ……」
「はい……?」
「来なきゃよかったな……」
どこか苦笑混じりに、俺はそう呟いた。
不穏な空気に包まれたオブオ城。
これはもう、“腕試し”じゃすまなさそうだ。




