第二十八話「一神祭」
ギルドでニイコタを仲間に加えた後。
常連たちがコーヒーを片手に依頼書を睨みつけ、冒険者志望の若者たちが端のテーブルでこそこそ相談をし、受付嬢たちが手際よく書類をさばいている。
そんな日常の空気の中、俺とニイコタは並んで掲示板へと向かった。
「よーし、それじゃあニイコタとの初仕事だな」
「はいっ! 任せてくださいっ! あ、でも初仕事だからあんまり重いのは……」
「まぁ、無理せず行こう。 ほどほどの討伐任務でもあれば――」
そう言いながら、掲示板に視線を落とした瞬間、俺は思わず眉をひそめた。
「……少なくね?」
「……ですね」
掲示板に貼られている依頼書の数は、驚くほど少なかった。
数十枚あるべき掲示が、今日はたったの数枚しかない。
しかも、その内容も驚くほどしょぼい。
・薬草の採取
・猫の捜索
・村の修道院までの荷物運び
「えぇ……猫探すか?」
「いや、最初はまぁいいけど……ここまで少ないのはさすがにおかしいですね」
たしかに俺は新しい仲間を探すために、少し時間を使ってしまった。
でも、それでもまだ朝のうちだ。依頼掲示板がスカスカになるような時間帯じゃない。
「おかしいな、ほんとに」
俺が首を傾げていると、隣のニイコタが「あっ」と声を上げた。
「……あー、そういえば、もう“あの時期”でしたね」
「あの時期?」
「はい。 永和さん、知らないんですか? この街、ザキカメアのあるチィア王国では――百年に一度、”一神祭いっしんさい”という行事があるんですよ」
「いっしん……さい?」
初めて聞く単語だ。
ニイコタは俺を見て、俺が知らないこと察し、口を開いた。
「えぇと、じゃあ、ちょっと説明しますね」
そう言って、彼女は教えてくれた。
──《一神祭いっしんさい》──
それは百年に一度、この世界の“魔王”たちが一堂に会する祭典。
目的は戦いではなく、情報交換や魔界の動向について語り合うための“会合”。
その舞台となるのが、ここチィア王国にある《原初の魔王城》と呼ばれる、古より存在する遺構だという。
何千年も前から行われてきた魔族の伝統的な儀式であり、その期間中、世界各地から力を持つ魔王たちがこの地に集結する。
名前は、魔王達が信仰する神からきていると言われているが、会合での内容含め、詳細はほとんど不明である。
「なるほど……」
「はい、それでですね……魔王って、いるだけで周囲の魔物や獣を威圧してしまう存在なんです。だから今、周囲の魔物たちが一斉に身を潜めちゃってて」
「それで討伐依頼が減ってる、ってわけか」
「たぶん、そうですね」
……なんて迷惑な。
「記念すべき初依頼だったのになあ」
肩を落とす俺の横で、ニイコタが「あ、あの薬草採取、やってみます?」なんて小声で言ってくる。
「いや……最初の依頼で、何となくニイコタがどのくらい戦えるのかとか見ておきたいから……」
そう言いかけたその時。
ギルドの奥、受付カウンター近くのベンチから、どこか鼻につくような棒読みの声が聞こえてきた。
「――あ〜、魔王殺してぇ〜〜〜」
「……は?」
耳を疑って、声の方向を向く。
そこにいたのは、何度かギルドで見かけたことのある同年代くらいの男だった。
白い肌に、薄く赤みを帯びた唇。細身の体つき。
髪は不自然なくらい几帳面に6:4で分けられていて、そこそこ激し目のツーブロックが入っている。
細く吊り上がった目元に、無駄に整った顔立ち。
(なんか……腹立つ喋り方だな…)
「……えっと、確か……」
名前を出そうとした俺に先んじて、彼は手を挙げて名乗った。
「シュン=ズースキルトっす」
「ああ、シュンさん」
ご丁寧な自己紹介。口調もどこか軽い。
多分良い人だ。
……けど、さっきの“殺してぇ”発言、聞き逃せないんだけど。
「さっきの、冗談……ですよね?」
「いやマジ。魔王が全員ここに集まってるならチャンスじゃん。報酬もデカいし」
「……は?」
「俺、今ちょっと金必要なの。 なのに、魔物いねぇから依頼こなせないんだよ。 だから…」
彼は右手でピースサインを作って、ニイコタと俺の目の前でクイッと傾けて見せた。
「俺、一番近い城の魔王殺してくるわー」
「「えぇっ!?!?」」
俺とニイコタが同時に声を上げる。
いや、なんだこの人。気が触れてるのか?
「だって、どんな魔王でも倒せば均一で金貨千枚。 これはやらないと損だろ」
「そんな……でも、魔王って……!」
「俺、戦えるから。じゃ、また」
信じられない言葉を残して、彼はくるりと背を向けた。
その背中には剣も、盾も、魔法の杖もない。
ただの無防備な軽装。それなのに、彼は軽やかにギルドを後にした。
「……マジで行った」
「マジで行きましたね……」
俺たちはその背中を見送ることしかできなかった。
変人なのか、天才なのか――
ただの自殺志願者なのか。
「……心配ですね」
「……だな」
その言葉には、ただの心配以上の予感が混じっていた。
“あの男”がこれから何か、大きな渦を呼ぶことになる――
そんな気がしてならなかった。




