第二十二話「受験みたいな」
夜のギルド前。
町の灯りがまばらに揺れる中、ギルドの重厚な扉が開かれた。
その男が、そこから現れた。
ずんぐりとした体型。
鋼のように固そうな体躯に、黒く光るメリケンサックが両手に装着されている。
どこか年季の入った冒険者の雰囲気と、異常な威圧感。
だけど――わかる。
あの“目”だ。
細くて、表情の読めない、冷めたような眼差し。
「先生……ですよね?」
口から、自然とその言葉が出た。
男の足が止まった。
こちらに顔を向ける。表情に変化はない。
「……何を言ってるのかな?」
――とぼけやがった。
「村上永和……覚えていますよね」
その瞬間だった。
奴の顔が、ほんのわずかに、ほんの刹那だけ引き攣った。
ああ、確信した。
この反応、この名前を聞いた時の歪み方――
「ムラカ↑ミくん……」
おかしなイントネーション。
前世で毎日聞いていた、あの、無機質な呼び方。
決まりだ。
間違いない。
こいつは俺の担任――岩田雪広だ。
どうやってこっちの世界に来たのかは分からない。
だが、確信できた。
それだけ、奴の存在は俺の中で大きなものだったのだ。
「俺は……」
体に魔力を込める。
底の底から、魔力が湧き上がる。
脳が痺れそうなほどの力。
「過去を断ち切るんだァ!!!」
叫びと共に、手を突き出す。
ぶわっ、と空気が震えた。
放たれるは高圧の魔力弾。
魔力総量に任せたそれは、もはや一発の爆発だ。
炸裂すれば、一棟をまるごと吹き飛ばすほどの威力を持つ。
その圧倒的な魔力塊が、岩田――イワンへと直撃する……!!
「ふんっ!!!!」
だが――
ごっ、と鈍い音。
イワンは、それを右の拳で受け止めた。
拳が魔力弾に触れた瞬間、爆発が消えた。
「っ……!?」
地面には、拳の圧力で陥没した丸い痕が残る。
しかしイワンの拳には、傷一つなかった。
「ありえない……俺の魔法、鎧を砕いたんだぞ……?」
「鎧…鎧ねぇ。 それじゃ俺の拳は砕けない」
イワンは笑わない。
だが、微かに口の端を上げていた。
「魔法もいいが、俺は物理主義でね」
次の瞬間だった。
イワンが、地面を踏み砕いた。
ドンッ!!!
鉄槌のような跳躍。
小柄な体からは想像もできないスピードで、目の前まで跳び込んできた。
「ッ……!!」
避ける暇なんて、ない。
イワンの拳が、風を切って俺の脇腹へとめり込んだ。
ドガアッ!!!
「が、あああっ!!!?」
口から空気が吹き飛び、視界が白く染まった。
空中を舞い、石畳の路地に叩きつけられる。
痛みが、後から波のように襲ってきた。
内臓がズレたんじゃないかってくらい、ヤバい。
「はっ、はっ、くそ……!」
俺は、すぐに立ち上がる。
立てないと――終わる。
魔力を放出し、周囲の空気を焼き尽くす。
イワンが拳を構える。
構えはシンプル。片足を半歩前に出し、ただ正面を見据えているだけ。
だが、その姿に一切の隙がない。
「なあ……」
イワンが、ぽつりと呟いた。
「お前、国公立大学諦めてたろ」
「……っ」
「今もだ。 お前は俺には勝てっこないって思ってる」
「ぐっ、うるさい」
次の瞬間、再び拳が来る。
今度は自分から撃ちにいった。
魔力を圧縮し、簡易魔術の連射。
「黙ってろよぉ!!!」
連続する魔力弾が、光の線となって空を切る。
ドガッ! ガンッ! ズドォン!!
しかし、イワンはすべての魔法を素手で叩き落とした。
「魔法が来るなら、叩き潰すだけ」
そう言った時には、もう目の前にいた。
拳が振り上げられる。
「ぐおりゃっ!!」
次は自分の魔力をあえて身体内部で爆発させる。
その衝撃で自らを後ろに吹き飛ばし、回避行動に移る。
空中で一回転し、地面に着地。
即座に詠唱なしの魔術を放つ。
だが――
「お前の魔力、方向が読めるんだよな」
イワンの声が聞こえた瞬間には、魔法が消えていた。
拳の一撃で、またしても無効化されたのだ。
その目が、俺を見ている。
いや、見抜かれている。
「……なんで。 どうして……」
こいつ、スキルを使っていない。
俺が見た限り、本当にただの人間の肉体と勘と経験だけで戦っている。
「ダイヤモンドランクって……ここまで、違うのかよ……!」
その言葉に、イワンはようやく――少しだけ笑った。
「お前が今の俺を見て、何を思おうが構わん」
イワンは、両手をぐっと構え直す。
その拳には、鉄をも砕く覇気が宿っていた。
「だがな、ムラカ↑ミくん。 お前が死んだ日のこと……」
「……!?」
「俺は今でも、後悔してる」
え……?
その瞬間、拳が振り抜かれた。
俺は慌てて防御姿勢を取るが――
衝撃。
そして、全身が吹き飛ばされた。
◇
どうにか地面に転がり、体勢を立て直す。
「はぁっ……はぁっ……」
汗が滝のように流れ落ちる。
魔力も、体力も、かなり削られている。
なのに、イワンは未だに息ひとつ切らしていない。
(……俺は、この人に、勝てるのか?)
戦って分かった。
岩田雪広、いや――イワン=タユキーヒロは、強すぎる。
生半可な覚悟じゃ、手も足も出ない。
「くそっ……なんか、この感じ…受験思い出すなぁ……」
拳を握り締め、俺は夜の空を睨みつけた。
月は冷たく、何も答えない。




