第二十三話「過去を断ち切って」
痛い。
全身が、痛い。
筋肉が裂けるように悲鳴を上げ、肺が焼けるように熱い。
でも、俺は立っていた。
気づいていた。
体内の魔力が、膨れ上がっている。
まるで新しい器に注がれる水のように、無限に、膨大に、溢れていく。
思考がクリアになる。
痛みすら、もう感じない。
(これは……覚醒……?)
体が軽い。
息が通る。
指先の先にまで、エネルギーが満ちている。
簡易魔術――ただの魔力の放出。
それだけで、街一つを吹き飛ばせるほどの力がある。
「イワン=タユキーヒロ……いや、岩田雪広」
両手を前に構え、魔力を集中させる。
その場にある全ての風が、俺の手に吸い寄せられていくような感覚。
地面が軋む。空気がうなる。
全てが、俺に従っていた。
「これが……俺の、全部だ!!」
詠唱もいらない。
魔力だけで、敵を撃つ。
《簡易魔術・極限爆撃》――!!
放たれた魔力は、光の塊となって一直線に飛び出した。
その熱は、火ではなく存在そのものを焼き尽くす。
直撃を受けた者に“残る”という選択肢は存在しない。
「ぬううおおおおおおおおっっ!!」
イワンが、咆哮した。
彼も拳を振り上げ、全力でそれを叩き潰しにきた。
拳と、魔力がぶつかる。
――轟音。
周囲の窓ガラスが割れ、石畳が波のようにめくれあがる。
だが――それでも、魔力は貫いた。
イワンの拳が砕けた。
そして、全身が、吹き飛ばされた。
数十メートルを転がった先、彼の体は地面に叩きつけられた。
いや、もはや“体”と呼べるものは、そこにはなかった。
腹から下は消し飛び、残った上半身は血塗れで、臓器の一部が外へと漏れ出していた。
「っ……」
思わず、足が止まる。
さっきまで戦っていた相手が、こんな姿になっている。
そして、その男が、まだ喋ったのだ。
「……俺は……ムラカ……ミくんに……すまないと……言いたかった……」
かすれた声。
それは、前の世界での“先生”の声だった。
「……国公立……あれは、学校の……方針だった……でも……言われるままに……生徒に押し付けたのは……俺の、責任だ……」
息が乱れ、喉が鳴る。
「……ムラカミくんが……死んだって……聞いた時……俺……耐えられなくて……自分で……命を絶った……」
目を見開いた。
まさか――あの、岩田先生が……。
「この世界に来て……俺は……強くなって……力を持った……でも、それでも……お前に会った時……やっぱり……心が震えたよ……」
もう、先生の瞳に焦点はなかった。
「すまなかった……ムラカミ……本当に……すま……」
言葉の途中で、息が途切れた。
彼の肩が、落ちた。
もう、動くことはなかった。
「せ……先生……」
涙が、自然とこぼれた。
感情があふれてくる。
溢れて、止まらない。
「……俺……本当は……国公立大学に……行きたかったんです……」
歯が、震える。声が上手く出ない。
「母さんに……父さんに……そして……先生に……褒めてもらいたかったんです……!」
何度も、何度も言葉が喉で詰まる。
でも、それでも伝えたかった。
あの日、言えなかったことを。
伝えたかったんだ。
だけど、先生はもう、答えてはくれなかった。
◇
深夜。
宿に戻ると、ユーニスが待っていた。
ドアを開けた瞬間、彼女は走ってきて、俺を強く抱きしめた。
「永和……」
その体は、とても暖かかった。
血の気の引いた俺の体を、優しく包み込むような温もり。
嗚咽が、喉から漏れる。
けれど、それはもう、悲しみではなかった。
全部、終わったんだ。
「ありがとう、ユーニス」
俺は、呟くように言った。
彼女は少しだけ笑って、聞いてくれた。
「過去に、キリはつけられた?」
「……うん」
涙を拭いながら、頷いた。
先生に、伝えることはできた。
そして、先生の本音も、聞けた。
もう、振り返ることはない。
あの日々は、胸にしまって、生きていく。
ここが、俺の世界だ。
俺の居場所だ。
この世界で、俺は、生きていく。
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