第二十一話「再会」
戦いの余韻が、まだ路地裏に残っていた。
黒い煙の中、フードを揺らして立つ占い師――ムトゥ。
ラーヴァを倒されながらも、その表情に焦りは一切ない。
「やれやれ、もう少し遊べると思ったのに」
ムトゥは溜息交じりに、足元に転がっていた小さな木箱を拾い上げる。
箱の中には、複雑な紋様が刻まれたガラス玉が一つ。
「また会いましょう。……今度は“運命”のタイミングで」
ぽんっ、と軽く放るようにその玉を地面に落とした瞬間――
ボンッ!!
白煙が視界を覆う。
一瞬で、あたりは白い霧のような煙に包まれた。
「っ……煙幕か!」
「逃げたか……!」
永和とユーニスが警戒を強めるが、ムトゥの姿はもうどこにもなかった。
残されたのは、意識を失った幼い少女の姿になったラーヴァだけだった。
その時、イワン=タユキーヒロがゆっくりと彼女に歩み寄る。
瓦礫を踏みしめながら、少女の傍に膝をついた。
「ふう……ようやく終わったな」
ラーヴァの意識はまだ戻らない。
だが、その呼吸は穏やかで、生命に別状はないようだった。
「お嬢ちゃん、辛かったな。もう大丈夫だ」
イワンはラーヴァをそっと抱き上げる。
拐われていた人達もだ。
それは、意外なほど丁寧な手つきだった。
「さあ、ギルドに戻ろう。あとはこっちで預かる」
イワンの一言に、ユーニスが静かに頭を下げた。
「ありがとうございます、本当に。 あなたがいなければ……私たちは……」
「礼なんていらねえよ。 俺のやることをやっただけだ」
彼はそう言って、軽くユーニスの頭を撫でる。
その所作に、どこか教師のような風格があった。
だが、その横で、永和だけはずっと俯いていた。
一言も言葉を発することなく。
◇
夜。宿へ戻った俺たちは、いつものようにそれぞれの部屋へ入る。
ユーニスは少し疲れたようだったが、それでも戦いを終えた安堵感がにじんでいた。
「ねぇ、永和。 どうしてさっき……イワンさんにお礼を言わなかったの?」
その言葉に、俺はしばらく黙っていた。
……いや、声が出なかった。
俺はゆっくりと気持ちを落ち着かせながら、震えた声で言う。
「……あいつは、おそらく俺の前世の知り合いだ」
「えっ……?」
「“イワン=タユキーヒロ”……あの名前も、顔もそっくりそのままなんだ。 間違いない」
ゆっくりと、深く息を吸う。
胸の奥に沈んでいた感情が、泡のように浮かび上がってくる。
「俺がいた高校、“あずま高校”の教師で……俺の担任だった。 名前は、岩田雪広」
その名前に、ユーニスが息を呑んだ。
「じゃあ……」
「そう。 俺を過労死に追い込んだ、張本人だ」
その言葉は、まるで心臓に杭を打ち込むようだった。
「……あいつは、俺が潰れそうな時、何もしてくれなかった。 俺がどれだけ疲れてても、どれだけ無理してても、見て見ぬふりして、俺を“評価のための数値”にしか見てなかった……」
声が震える。
思い出したくもない。だけど、脳裏に鮮明に焼きついている。
「学校も、親も、先生も、全部、何一つ俺を救ってくれなかった」
「……」
「そして気づいたら、死んでた。 誰にも看取られずに」
拳を握る。
この世界で、俺はようやく“生きている”と感じられた。
でも――その俺を潰した張本人が、あんな形で再び目の前に現れるなんて。
「……復讐、なんかじゃない」
俺はユーニスの顔を見ずに言った。
「ただ、過去を……断ち切りたいんだ」
どこかで区切りをつけなきゃ、前に進めない。
前世の亡霊が、今でも俺の胸に爪を立てている。
「ユーニスは、ついて来ないでくれ」
「っ……永和……」
「頼む」
そう言い残し、俺は部屋を出た。
夜の風が、頬を撫でる。
宿の扉がゆっくりと閉まり、足音が石畳に響いていく。
奴は今ギルドでラーヴァの身柄の引渡しを行なっている。
つまり、チャンスは今しかない。
俺は足早にギルドへと向かう。
ーーあの男と、再び、向き合うために。




