第二十話「ダイヤモンド」
黒い煙が、天井に向かって渦を巻いている。
その中心で、大剣を振り上げるラーヴァ=ミストリア。
その圧倒的な威圧感と、肉体を超えた動き。
もう人ではない。
そう思えるほどに、彼女の速度も力も、すべてが異常だった。
「ユーニス、避けろッ!」
「っ……うあああっ!!」
ラーヴァの大剣が、地面を薙ぎ払う。
床が、壁が、空気が砕ける。
防御魔法を展開するが、衝撃の余波だけで体が吹き飛ぶ。
ユーニスの細い身体が地を転がり、壁に叩きつけられた。
「ぐっ……がはっ……!」
「ユーニスッ!!」
追撃が来る。
もはやラーヴァには“理性”などないのか。
ただ怒りのまま、破壊の本能で動いている。
(こんなの……どうすれば……!)
反射スキル。
膨大な魔力。
鎧の下にあった“肉体のない存在”。
それに加えて、今の異常な強化状態――
(これが……黒騎士、騎士団長クラスの本気……!?)
ラーヴァが俺の方へ振り向く。
その瞬間、背中にびっしりと冷たい汗が浮かんだ。
次は、俺だ。
次の一撃が来れば、俺は間違いなく、死ぬ。
(だめだ……このままじゃ――)
その時だった。
空気が――変わった。
「……遅かったか? ま、ギリギリ間に合ったってことにしといてくれや」
それは、鈍く、低い声。
それでいて、芯がある。
そして、足音がひとつ。
コツ、コツ、コツ。
静寂の中を、靴音が刻んでくる。
「っ……誰だ……?」
ラーヴァも足を止めた。
俺もユーニスも、その方向を見やる。
そこにいたのは、一人の男。
身長は低め。
身体は横幅に厚みがあり、胸板も腹も、まるで岩のように分厚い。
髪型は角刈り、目は細く、無精髭ひとつないキレイな顔立ち。
しかし、その顔は“優しさ”とは程遠い。
むしろ、完全なる暴力の化身だった。
「名乗るほどのことでもねえが、一応言っとくわ」
男が、腰のホルダーから何かを取り出す。
鉄製のメリケンサック。
それを両手に装着し、拳を握る。
「俺は、ダイヤモンドランク冒険者――イワン=タユキーヒロだ」
「っ……ダイヤモンド……!?」
ギルドランク、最高位。
選ばれし者、数えるほどしかいない存在。
そんな存在が、今、俺たちの前に立っている。
「そこの嬢ちゃんら、よく頑張った。後は任せな」
ラーヴァが再び剣を振り上げる。
しかし――
「遅いぜ」
ドガンッ!!!!
イワンが跳ねる。
床を砕く踏み込みから、右ストレートが放たれた。
その拳は――
「《反射……ぐはっ!!!」
ラーヴァの剣を、そのまま叩き砕いた。
「なっ……」
あの魔剣が、スローモーションのように砕けて宙を舞う。
ラーヴァが驚愕の表情を浮かべた。
その顔面に――
第二撃。アッパーカット。
ゴッ!!!!
金属が、軋む音を立てる。
いや、違う。
これは、軋んでいるんじゃない。
鎧が……砕けている……!
肩。胸。腹部。
無数のヒビが走り、粉々に割れていく。
その全てを、“素手”で叩き壊しているのだ。
(なに……この人……)
イワン=タユキーヒロ。
スキルなど、一切使わない。
彼の戦闘は、ただ一つ。
物理法則と“暴力”の融合。
質量、速度、衝撃力。
“すべてを物理で解決する”殴打の申し子。
二人の帰りが遅かった為、心配した受付嬢が応援を呼んでくれたのだ。
「そろそろ鎧の下が見えてくる時間だな。……おらよッ!!」
バゴンッ!!!!!!
イワンの拳が、ラーヴァの胸部に叩き込まれる。
金属音、粉砕音。
黒い煙と、鋼の欠片が弾け飛ぶ。
そして――
現れたのは、
「……あ、あれ……?」
少女だった。
鎧の中から転がり出てきたのは、まだ七、八歳ほどの幼い少女。
真っ白な肌、銀色の髪。大きな瞳。
手足は細く、震えている。
「……まさか……中に、子ども……?」
俺は目を疑った。
あの黒騎士。あの反射。あの怒り。あの破壊力。
それを持っていたのが、この幼子……?
「えっ……ど、どういう……こと……?」
その瞬間、もう一人。
「はあ、もうめんどくさい」
あの占い師、ムトゥが肩をすくめながら立ち上がる。
髪を払って、再び深緑と水色のオッドアイでこちらを見た。
「だから今日は外出を控えるように言っておいたのに…」
「いや何言ってんだ……なんで子供が……」
ムトゥはそれに答えず、ふっと微笑んだ。
「……“黒騎士”っていうのはね、みんな少なからず問題抱えてんのよ」
私も…。
そう言いかけたように見えた。
「はぁ……ほんと、私の占い、いつも当たり過ぎて退屈ね」
ムトゥの呟きに、誰も言葉を返せなかった。
ただひとつ、確かなのは――
(黒騎士……この組織は、思ってた以上に“ヤバい”)
そして、この戦いはまだ、終わっていない。




