第十七話「超大凶」
夜の路地裏は、まるで息をひそめていた。
ひとけのない細道。瓦礫と雑草の匂い。
それらに紛れて、静かに俺たちは身を潜めていた。
噂では、この細道――“リターノ通り”の奥で、何人もの女性や子供が行方不明になっているという。
それも、目撃されたのは“黒い鎧”をまとった複数の男たち。
黒騎士。
あの戦慄が、喉元をかすめる。
その時だった。
「……来た」
ユーニスの声は囁くように小さいが、確かな熱を含んでいた。
視線の先――
ふらつく足取りで、黒い鎧を纏った男が一人、通りを横切っていた。
……確かに、鎧は黒い。
だが、それは全身を包むような重装ではなく、軽装。
服の上に胸部と膝、肘の急所だけを金属で覆っただけの、安価な鎧。
……黒騎士にしては、随分軽装だな。
そう思いながらも、俺たちは息を殺し、距離を取りつつ跡を追った。
どうやら男は酔っているようで、こちらの気配にも気付いていない。
そのまま路地裏を抜け、入り組んだ脇道を曲がった先。
男は、とある古びた二階建ての家に入っていった。
「ここが……」
「拠点、ってわけね」
入り口の扉に耳を当てる。
中からは、笑い声。
ビール瓶のぶつかる乾いた音。
そしてーーかすかに、だが、子供の泣き声が聞こえた。
ユーニスが目を細めて言う。
「突入するわよ」
「ああ」
俺たちは呼吸を揃えると、
次の瞬間――
「ッ!!」
ユーニスが全力で扉を蹴破った。
破片が飛び、視界が開けた先に広がったのは、まさに地獄未遂の宴だった。
――黒い鎧の男が六人。
――縛られた子供が三人。
――泣きじゃくる女性が二人。
「っ、なんだお前らァ!!?」
「なっ、どこからっ!?」
酔いも吹き飛んだのか、男たちは慌てて刀を抜く。
……だが、遅い。
ユーニスの足が一歩、床を蹴る。
次の瞬間には、風のように滑り込む影が、男たちをなぎ倒していた。
「う、うごけな……!!」
膝を砕かれ、喉元に刃を突きつけられ、六人は全員生け捕りにされた。
……一瞬の出来事だった。
俺の出る幕は、一秒たりともなかった。
「……弱いな」
ユーニスがつぶやく。
「……黒騎士じゃ、ない?」
「ええ、こいつら、ただのチンピラよ」
ユーニスは捕らえた男の一人の鎧を軽く蹴りながら言った。
「戦闘経験がなさすぎる。連携も取れてないし、魔力も低すぎる。酔ってたとはいえ、黒騎士の名を騙るには格が足りなすぎるわ」
「ってことは……?」
「きっとこの連中は、黒騎士の噂を利用してただけよ。女性や子供を攫って、奴隷や臓器として売るために」
「……最低だな」
でも。
むしろよかったのかもしれない。
本物の黒騎士じゃなかった。それなら、それで……
その時だった。
「……う、うら……」
気絶していた男の一人が、口を開いた。
「……うら?」
「うら……占いは……占いは……本当だった……はは……」
ぼそりと呟いたその言葉を最後に、再び気を失った。
「占い……?」
なぜこの場で、そんな言葉が出てくる?
疑問を抱いたその刹那――
ぞわり、と、首筋に冷たい圧を感じた。
「……!」
ユーニスと目が合う。
同時に、俺たちは反射的に距離を取った。
そして、ゆっくりと扉が開いた。
「…………っ」
そこに立っていたのは、
あの時、俺を“占った”ローブの女。
「……あの時の……」
無地のローブ。全身を包む深紫の布。
顔は影に隠れ、表情は見えない。
だが、その雰囲気は――間違いなく、同じだ。
「ラーヴァちゃん。今日は“見張りを強化する”が大吉だったでしょ?」
占い師は、俺たちではなく後ろの人物に語りかけていた。
「……ごめんなさい、ムトゥちゃん。 すぐ片付けるから」
その声に、戦慄が走る。
占い師の背後から姿を現したのは、
あの――“黒騎士三番隊 騎士団長”――ラーヴァ=ミストリア。
以前対峙した、全身黒鋼の重装鎧。
女とは思えぬ巨体に、不釣り合いなほど軽い萌え声。
だが、それは錯覚だ。
彼女の一撃一撃は、どれも殺意と鋼鉄の塊だった。
そして占い師が、静かにフードを下ろす。
「…………」
純白の髪が、月光に照らされて揺れた。
左右の瞳――右は深緑、左は深青。
まるで人形のような美しさ。
だが、目は死んでいた。感情の欠片すら見えない。
そして、ローブの隙間から、膨大な魔力が漏れ出す。
……間違いない。
この女――“ムトゥ”もまた、騎士団長クラス。
ラーヴァだけでも手一杯だったのに、今度は二人。
しかも、最悪のタイミングでだ。
「これ……」
ユーニスが苦く吐き出す。
「まずいな……」
思わずそんな弱音を吐いてしまった。
二人の“黒騎士団長”に、完全に囲まれている。
拠点を潰したと思った瞬間――
俺たちは、開いてはならない扉を開いてしまったのだ。




