第十六話「黒い噂」
あれから、数日が経った。
ユーニスの怪我は完全に癒え、俺たちは以前と同じように、昼にはギルドへ向かい、簡単な依頼を選び、夕方には宿に帰る生活を続けていた。
いつも通りの昼下がり、ギルドの掲示板の前で依頼票を眺めていると、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。
「おう、坊主。最近は平和にやれてるみたいだな」
振り返ると、スキンヘッドのゴールド冒険者――ガルザンさんが、笑いながら歩み寄ってきた。
「あっ、ガルザンさん。 ありがとうございます、なんとかやってます」
「へへ、そうかい。そりゃ何よりだ。 けどな……」
急に、彼の顔から笑みが消えた。
「……そういえばお前ら、聞いたか?」
「え?」
「最近、この辺りで子供や女が襲われる事件が起きてるらしい」
「……ほう?」
一瞬、意味が飲み込めなかった。
ユーニスも少しだけ眉を寄せる。
「まさか、また黒騎士が関係してると?」
「……その噂ってのがな。 事件の犯人、だいたい“6人くらい”で行動してるらしいんだが…」
ガルザンは少し声を小さくして言う。
「目撃証言じゃ全員が“黒い鎧”を着てたって話だ」
俺たちの背筋が、すっと冷たくなる。
黒い鎧――。
あの夜、俺たちを襲ったカミムの姿が、脳裏をよぎる。
「確定ってわけじゃねぇ。 が、お前ら二人は既に“黒騎士”に狙われた経験がある。 何を基準に狙ってるかも不明だが……街を歩く時は、気をつけることをオススメするぜ」
ガルザンはそれだけを言うと、無言で背を向けた。
その後ろ姿が、いつもより重たく見えたのは、きっと気のせいじゃない。
「黒騎士っぽいな」
永和が呟いた。
「ええ……ただ、騎士団が、町中でこんな大々的に動くなんて……妙ね」
ユーニスも少し怪しみながらも頷いた。
彼らの行動にはいつも“意図”が見えにくい。秩序もなければ、計画性も不明。
まるで“個人の目的”だけが、静かに浸透してくるような、そんな気味の悪さがあった。
「気をつけましょう」
「うん」
その時だった。
「……あの、すみません」
受付カウンターの奥から、小柄な女性――ギルドの受付嬢が、遠慮がちに近づいてきた。
「あの、大変……申し上げにくいのですが……」
彼女の顔は、どこか蒼白で、見たことがないほど表情が沈んでいた。
「どうかしましたか?」
ユーニスが声をかける。
すると、彼女は申し訳なさそうに、そして、苦しそうに言った。
「……実は……今回の依頼、私から……お願いできませんか?」
「……え?」
「……私の、娘が……。 黒い鎧の者たちに、攫われてしまって……」
一瞬、言葉が出なかった。
受付嬢――リーネさんは、普段はしっかり者で、ギルドの冒険者たちを支えている、頼れる存在だった。
その彼女が――目の前で、こんなに震えている。
「黒騎士たちを討伐してほしいのです。 ……私では、どうにもできません。 でも、あなたたちなら……!」
彼女は膝をつき、頭を深く、深く下げた。
「どうか……娘を……助けてください!」
周囲にいた冒険者たちも、静かにその様子を見守っていた。
誰も言葉を発さない。
だけど、誰もが、心の中で理解していた。
これは、誰かがやらなければならない仕事だ、と。
「……ユーニス」
俺が目を向けると、ユーニスはもうすでに前を見据えていた。
「やるしかないわね」
「っ……うん!」
怖い。
あの黒騎士たちに、また出会うかもしれない。
でも――。
この町で、何気ない日常を過ごしていたあの人が、いま、あんな顔をしてる。
それが、許せなかった。
「ほ、本当に…本当にいいんですか!? …本当に引き受けてくださるんですか!!?」
リーネさんは泣きながら、何度も何度も頭を下げた。
「……ありがとう……ございますっ……!」
彼女の涙が、床にぽつりと落ちる。
「必ず、連れ戻します」
ユーニスの言葉に、俺も小さく頷いた。
相手はおそらく黒騎士。
しかし、大人数で行動しているあたり、少なくとも二人以上が“騎士団長”クラスである事はないだろう。
戦力的には、カミムより下の可能性が高い。
……だが、それでも油断はできない。
複数人で行動している。
戦術も、狙いも、まだ謎が多すぎる。
それでも――
俺たちは、もう逃げない。
守るために、この手で戦う。
……次の戦いは、きっと“試練”になる。
でも――俺たちは、もう進むと決めたのだから。




