第十五話「角」
朝。
「……おはよ」
宿の一階で、珍しく朝から制服ではなく、軽装を着たユーニスが現れた。
目を疑った。
傷はどうした。まだ立てるわけが――
「もう、治ったわ。ほら」
ぺらり、と肩を見せる。
つい先日まで深く裂けていた左肩には、何の傷跡も残っていなかった。
「……ほんとに、完治してる」
「高位治癒魔術ってやつよ。術者が優秀だったら、皮膚も骨も内臓も元通り」
「す、すげぇ……」
「明日から任務に復帰する予定。今日は、ギルドに行って依頼でも選びましょうか」
その言葉に、俺はこっそりと安堵した。
命を落としてもおかしくなかった重傷――なのに、もう笑っている。
本当に、すごい人だと思う。
……俺は、少しでも彼女に追いつけるだろうか。
◇
昼頃。
俺たちは、ギルドへと向かった。
午前の依頼が出尽くしている時間帯を狙ったのは、復帰直後のユーニスを気遣ってのことだった。
「戦闘系の依頼は避けたいしね」
彼女がそう言ったのが理由のひとつだったが、正直、俺自身も少し“静かな日”を過ごしたかった。
ギルドの扉を開けた瞬間だった。
「お、おい! あいつらだ! 黒騎士を返り討ちにしたって噂の!」
「ほんとかよ!? マジであの黒騎士を倒したのか!? 耳無しエルフと、魔力モンスターの男だってな!」
「おいおい! 今仲間って言ったか!? 耳無しエルフにも友達が出来たんだな!」
「うるさい。黙れ」
ユーニスがいつも通りのドライな態度でピシャリと制す。
けれど、ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。
……何だか嬉しそうに、見えた。
「よぉよぉ、話は聞いたぜ、坊主。 お前、黒騎士の奇襲を返り討ちにしたってな」
現れたのは、ひときわ目立つ男だった。
広い肩幅、無骨な鎧、そして完全なスキンヘッド。
その威圧感は半端じゃない。
……が、その表情はとても穏やかだった。
「お、俺ですか……?」
「おう。名乗ってなかったな。俺はガルザン。ゴールドランクの冒険者だ」
ガルザン。
周囲の空気が自然と緩む。
「ガルザンさんは俺らの兄貴みたいなもんでさ! 誰でも面倒見てくれるんだぜ!」
「兄貴ィ!」
騒ぎに便乗するように、複数の冒険者たちが叫ぶ。
それぞれ、屈強な男や、活発そうな女の子まで、様々な面子が揃っていた。
「ま、困ったことがあったら俺に言え。 実力は多少あるみてぇだがよ、お前……まだビビってる顔してるな」
「え……」
「人を殺した後ってのは、誰でもそうなる。お前だけじゃないさ。 ……でも、それを抱えたまま、前に進むしかねぇんだよ」
……刺さる。
言葉じゃなくて、その目の奥にあるものが、確かに胸を打った。
「……ありがとう、ございます」
「はは、礼なんていいんだよ。……それにしても」
ガルザンは視線をユーニスに向けた。
「お前が他のやつとパーティ組むなんてな。正直、ちょっと驚いたぜ」
「……まあ、ね」
「今までは孤高の女剣士って感じだったけどよ。 いい仲間が出来て、ちょっと角が取れたって感じか?」
「角は元からないわ」
「そうかい。 じゃあ、これは最初から丸かったってことか?」
「それも違う」
「ははっ、冗談だ」
ギルドが、明るい笑いに包まれる。
あの重苦しい日々の後とは思えない空気。
けれど、確かに、心が温かくなる。
◇
その後、いくつかの依頼を吟味し、明日の依頼も無事に決定した。
配送と荷運びの簡単なサポート依頼。
ユーニスも納得していたし、俺としても助かる。
「じゃ、今日はもう休もうか」
「うん」
外へ出ると、午後の日差しが街を包んでいた。
明るい。
街の喧騒も、なんだか楽しげに聞こえる。
そして、ふと――
「永和」
「ん?」
「……ありがとう。助けてくれて」
「……」
俺は一瞬、言葉を詰まらせる。
顔が熱くなって、なんて返していいのかわからなくて。
「お、おう……俺も、ありがとう。守ってくれて……!」
しどろもどろに返すと、ユーニスはくす、と笑った。
その笑みは、まるで夕焼けのように優しくて。
俺は――その時、本当に。
この世界で、生きてるんだな、って。
心から、そう思った。




