第十四話「ラッキーアイテム」
「ユーニス、ユーニス!!」
夜の路地に、血の匂いが充満していた。
ユーニスの左肩から、どくどくと血が溢れている。
それはナイフによる一撃だった。いや、普通のナイフではない。
《暗殺者》のスキルによって生成された、殺すためだけに鍛えられた刃。
ユーニスの体が、ぐらりと揺れる。
「ぐっ……ぐふっ……」
口元から、鮮血が溢れた。
それでも、彼女は剣を手放さなかった。ぎり、と歯を食いしばる。
――が、無理だ。
明らかに内臓に達している。
足元がふらつく。目の焦点も定まっていない。
「……永和、逃げて……」
絞り出すように言ったその言葉が、永和の胸を強く締め付けた。
「っ……そ、そんなこと、できるわけないだろ!!」
その瞬間、永和の中で何かが弾けた。
恐怖。
不安。
震え。
無力感。
全てが、怒りに変わった。
「まだ俺は、ビビってる。怖くて……膝が震えてる……でも!!」
ユーニスが苦しむ姿を見て、これ以上、逃げる選択肢はなかった。
(俺しか……俺しか、救えないだろ……!!)
永和は、左手をかざす。
魔力が集まり、手のひらで光が生まれた。
「くらえ!!!」
永和が叫ぶと同時に、光の玉が発射された。
カムイ=ラッカーレンは、それを見ていた。
無言で、わずかに首を傾ける。
そのまま、簡単に、身体を傾けて回避した。
まるで“くだらない”とでも言いたげな、無関心な視線。
「……なに、それ」
声に感情はない。ただ静かに、軽蔑だけがこもっていた。
「そんなもんで、私を止められると思ったの……?」
一瞬の静寂。
そして、
「……あ」
カムイの目が、かすかに見開かれた。
視線の先にあるのは、地面へと転がる“光る何か”。
魔法灯だった。
いつか永和がくじ引きで手に入れた、携帯型の魔法灯。
道具屋で誰でも買えるような物。けれど、それが今、爆発的な光を放った。
――カッ!!
視界が一瞬、白に染まった。
同時に、永和の叫びが轟いた。
「それは今日の“ラッキーアイテム”だ! 全く、あの占いはどこまでも当たってるな!!」
両手を前に突き出す。
最大魔力の簡易魔法を、放つ。
咄嗟に体をひねるカムイ。
けれど――遅い。
たった“半秒”の迷い。
目の前で、確かに光を放った“何か”を疑問に思い、
それが魔法ではなかったと“理解”してしまった、その時間。
それが、敗北の“確定”だった。
永和の手から放たれた魔力弾が、夜を裂いた。
大気が震え、建物が揺れる。
周囲にあった石畳がひび割れ、衝撃が地を走った。
「っ!!」
カムイの腰が、白い炎に包まれた。
次の瞬間、
「……あ」
彼女の右足が、無くなっていた。
爆風に呑まれ、根元から千切れ、遠くの屋根に飛び、グシャリと重たい音を響かせた。
「ぅぐっ……」
カムイが、口から血を吐いた。
しかし、なお表情は変わらない。
両腕をだらりと下げ、片足で立ち続けていた。
「…………まけた……」
その一言。
それだけを残し、彼女はその場に崩れ落ちた。
目を開けたまま、力なく倒れ、二度と動くことはなかった。
◇
永和は、ただ、その場に立ち尽くしていた。
自分の手が、こんなにも震えていることに、今さら気づいた。
初めての殺人。
命を奪うということ。
血の匂い。焼け焦げた肉の匂い。
全てが、頭にこびりつく。
「……っ、は……あ……」
呼吸が、うまくできない。
心臓が破裂しそうだった。
けれど、耳に届いた声で、全てが戻ってきた。
「……永和……」
「ユーニス!!」
倒れていた彼女へ駆け寄る。
「……無事、だったのね……」
「ユーニスこそ……よく……!! 今、ギルドに……っ、運ぶから……!」
永和は震える体で、ユーニスの体を抱え上げた。
軽い。
けれど、それはきっと、血が流れすぎたせいだ。
「頼む、頼むから、死ぬな……!」
呟きながら、夜の街を駆ける。
誰にも見られず。
誰にも気づかれず。
たった一人で、命を背負って走った。
◇
ギルドに着くと、受付嬢は驚きの声を上げ、すぐさま治療班を呼んでくれた。
永和は何度も詰まりながら、ことの経緯を話した。
黒騎士のこと。
カムイ=ラッカーレンという名前。
ユーニスが大怪我を負ったこと。
「黒騎士…彼らは一体何のために……」
黒騎士、謎多き宗教団体。
もちろん、今回悪いのは彼らである。
けれど。
あんな占い、自分が受けなければ。
別に占いをしなかったからといって、今が変わっていたとは限らない。
しかし、どうしても責任を感じてしまう自分がいた。
永和は、自分の手を見る。
震えたままのその手は、血に染まり、傷が浮かんでいた。
それでも、彼は、目を逸らさなかった。
◇
その夜。
宿に戻った永和は、ユーニスが一命を取り留めたことを聞かされた。
治癒魔法と薬草によって、今は眠っているという。
永和は、浴室で体を洗いながら、空を見上げた。
窓の向こうに、星が瞬いている。
思い返すのは、戦いの記憶。
殺した瞬間の感触。
ユーニスの吐血。
怒り、覚悟、爆発。
(……俺、少しは強くなれたのかな。)
手に残る傷を見つめ、そう呟いた。
そもそもこの世界の戦いにおいて重要な役割を果たすスキルを持っていない時点で、永和は大きなハンデを背負っているといっても過言ではないのだ。
それでいて、今日の勝利。
嬉しくないわけではない。
ただ、この勝利を共有できる彼女が今日はいないので、少しだけ寂しかった。




