第十三話「襲撃」
朝。
永和は目を覚ました。
宿のベッドは柔らかく、シーツも温かい。
ユーニスは隣のベッドでまだ眠っていた。静かな寝息を立てている。
ーー七日目。
(……ついに、最終日か)
占いを信じているわけではない。
けれども、これまでの六日間に訪れた幸運の数々。
あれらが“当たっていた”とするならば、
今日という日は“命を狙われる日”である可能性が高い。
(さすがに、洒落にならない)
昨夜、永和はついにユーニスに打ち明けた。
占いのこと。七日以内に、黒髪の女に襲われるかもしれないという話。
「占い……?」
ユーニスは少しだけ眉をひそめた。
「この国ではあまり耳にしないわね。宗教とか信仰に絡むものは聞いたことあるけど……」
「あ、占いってこの世界だとそんな有名なものじゃないんだ」
だが“未来視”や“予言”という言葉を出すと、少しだけ真剣な顔になった。
「……予言に近いものか。それなら無視はできないわ」
そしてその日一日、ユーニスは永和と行動を共にしてくれた。
昼にはギルドで情報整理、夕方には簡単な買い出し、夜には宿へ戻る予定だった。
……予定だったのだ。
◇
夜道は人通りがほとんどなく、遠くにかすかな街灯の明かりが揺れていた。
「なあユーニス、もしかしてだけど、もう夜だし、今日も何も起きなさそうじゃない……?」
「外れだった、ってことかもね」
「いやマジで、あの占い、銀貨三枚返してほしいよ……」
そんな軽口を叩いた、その瞬間だった。
――ヒュ。
目の前に、音もなく何かが現れた。
いや、“現れた”のではない。
“飛んできた”のだ。
黒い弾丸のようなものが、夜空を裂き、永和の喉元を目掛けて一直線に突き刺さろうとしていた。
「永和!!」
ユーニスの叫びが聞こえた。
「うぁっ!?!」
反射的に、永和は魔力を放出した。
魔術ではない。
詠唱も、構築も、計算もない。
ただ、爆発的に体内から魔力を噴き出す。自己防衛本能が引き起こした“暴発”だった。
地面が揺れ、周囲に土煙が舞う。
爆風によって黒い影が弾き飛ばされた。
「……さいあく」
女は、呟いた。
それは怒りでも苛立ちでもなく、ただの“感想”だった。
ゆっくりと顔を上げる。
長い髪が月明かりに照らされ、艶やかに揺れていた。
ーー黒髪。
(あの占い師の言っていた……)
『黒髪の女だ。身長は高め。この辺では珍しい髪色だから、すぐに分かる。しかも……特殊なスキルを持っている』
目の前の女は、黒いローブを纏い、手には一本のナイフを持っていた。
その刃を眺め、わずかに首を傾げると、ぽとりと地面に捨てた。
するとその手には、どこからともなく、新しいナイフが握られていた。
「……特殊なスキル、ね」
永和はごくりと喉を鳴らす。
「どうやら予言の女みたいね。 全身黒い装備なんて、縁起が悪いわよ」
ユーニスが一歩、前に出る。
「あなた、黒騎士?」
「ふうん。なるほど」
カミムの声は、風のように淡い。
「耳無しエルフ……あんたがそうか」
目を細める。その視線が、氷のように冷たい。
「そして、魔力持ちの男の子。あんたがターゲット、だよね」
「っ……」
「ターゲットって……本当に黒騎士みたいだな」
言葉を絞り出すように永和が言う。
「占い、やらなきゃよかった……」
「うん。 占いってね、時々……ほんとに当たっちゃうのよ」
カミムが一歩、踏み込んだ。
その動作は、音も風も残さない。
ただ“在った”ものが“近づいてくる”、そんな感覚。
「行くよ」
ナイフがきらめいた。
◇
激突。
最初の一撃で、地面が割れた。
カムイの踏み込みは、地をえぐるほど強く、鋭い。
ユーニスが剣で受け止める。
鋼と鋼がぶつかる甲高い音。
「ぐっ……速い……!」
ユーニスが後退する。
その隙にカムイは三本目、四本目のナイフを生成していた。
(生成、早い……!)
「永和! 近づかないで、援護に徹して!」
「わ、わかった!」
爆破魔法を構える永和。
だが、ユーニスとカムイの距離は近い。
(うっかり撃ったらユーニスごと吹き飛ばしそうだ……!)
永和はタイミングを見計らう。
が、戦況は容赦なく流れていく。
「ッッ!!」
ユーニスの肩が裂かれた。
一瞬の隙に、カムイのナイフが肉を裂いたのだ。
「ユーニス!!!」
血が滲む。
しかし、ユーニスは怯まない。
「大丈夫……! まだ戦える!」
強く踏み込む。
だが、カムイの動きは一切鈍らない。
彼女の動作には、躊躇も、痛みも、快楽も存在しない。
ただ、“命を奪う”という目的に最適化された動き。
それが《暗殺者》の恐怖だった。
◇
「……これ、騎士団長クラスか」
永和は思った。
この女は、あの森で出会った女と似ている。
人間でありながら、獣よりも野生的で、魔物よりも冷酷。
だがそれでいて、どこか、哀しい後ろ姿。
(俺は……)
拳を握る。
今、何ができる?
ユーニスがいる。彼女は戦っている。傷つきながら。
(だったら……!)
永和は魔力を集中させる。
その時、カムイが再びこちらに視線を向けた。
空気が張りつめる。
永和と、カムイの視線が交錯した。
(次、来る!)
刹那、カムイが低く身を沈める。
投擲。
五本のナイフが一斉に放たれた。
「来るなああああああッ!!」
叫びと共に、永和が魔力を放出する。
轟音が辺りを包んだ。
視界が、爆煙に覆われる。
何も見えない。
その中で、永和は震えながら、前を睨んでいた。
(やれるのか……? この相手に、俺たちは……)
◇
夜の路地に、静寂が戻った。
爆風の余波に吹かれる砂煙の中、三つの影が睨み合っていた。
戦いは、まだ終わらない。




