第十二話「黒い暗殺者」 ※カムイ視点
※カムイ視点。
夜の路地裏には、灯火がない。
満月の光が、瓦の隙間から覗くように地面を照らしていた。
その中を一人、静かに歩く者がいる。
背は高い。百七十を超えるほどだろう。
細く、長い手足に、黒くピタッとした服。
背筋はまっすぐ。だが重さを感じさせない。風が通り抜けるような歩き方。
腰まで伸びる真っ黒な髪が、無風の夜気を切って揺れていた。
その者の名は、カムイ=ラッカーレン。
名乗れば震え上がる者もいるというのに、彼女は自身に誇りを持っていない。
ただ、淡々と歩く。
(今日も誰も、私を見なかった)
彼女の思考はいつだって、外に向いていない。
内側。過去。ひび割れた記憶の底ばかりを、何度も何度も反芻している。
思い出すのは、赤く染まった家の床。
両親の死体。
奴隷として引きずられていく兄弟の叫び。
誰も手を差し伸べてはくれなかった。
誰も、私を守らなかった。
だから――
私は自分で守ると決めた。
孤独は痛くない。最初から誰もいなければ、失うこともないのだから。
◇
カムイの目が、夜道の奥にいる一人の男を捉える。
冒険者だ。名前はどうでもいい。
今日の任務は、この男の“処理”。
理由は問わない。命令だから、処理する。
足音を立てずに歩く。
男が気づくより先に、背後に回った。
「ん……?」
男が振り返る。
その瞬間には、既に彼女の手にナイフが握られていた。
ナイフはどこから出てきたのか。
もともと持っていたわけではない。
これこそが彼女のスキル《暗殺者》の異様さ。
ーー武器の“無限生成”。
握られた刃は、肉を裂き、骨を砕くために生まれた“純粋な殺意”の形だった。
「う、うわあああっ!!」
男は叫び、剣を抜こうとする。
だが遅い。
次の瞬間には喉が、次には腹が、そして脚が。
それぞれの箇所に別の刃が突き刺さっていた。
彼女の手に、次々と生まれていくナイフ。
まるで空気から刃が零れ落ちてくるかのように。
男の体が崩れたとき、カムイのローブには、ひとひらの血すら付いていなかった。
「…………」
殺すことに、快感はない。
勝っても、誇りは湧かない。
ただ、任務を終えたという感覚だけが、冷えた心に染み渡る。
視線を上げると、夜空に星が滲んでいた。
その光の中に、かつて失った人たちの顔を見た気がして、少しだけ目を細めた。
◇
だがその時、背後から声がかかる。
「なっ!? お前、そこで何してんだ!!」
振り返ると、剣を腰に提げた男が、こちらを見ている。
目は大きく見開かれ、その先には――
倒れた死体。
剣を抜き放ち、震える声で叫ぶ。
「な、なんだお前……なんでこいつが……っ!」
カムイは、焦らない。
ゆっくりと彼の方を向き、無表情のまま名乗った。
「私は、黒騎士。四番隊騎士団長……カムイ=ラッカーレン」
「な、何言ってんだ……お前……」
男は理解が追いついていない。
だが、その名に込められた意味だけは本能で察していた。
そして、カムイが初めて言葉を交わす。
「人を探してる」
「……は?」
「魔力をいっぱい持ってる男の子。耳のないエルフと一緒にいるはず……」
掠れた声。
乾いた音。
まるで、自分自身にも興味がないような、感情のない声だった。
だからこそ、怖い。
「し、知ってる……あ、ああ、見たことあるぞ……」
男は震えながらも、言ってしまった。
どこかで見たことがあったのだ。宿の前で、奇妙なコンビを。
「そう……どこにいるか、教えて?」
その瞬間、カムイと男の視線が交差する。
男はそこで、ようやく気づいた。
この女と目を合わせてはいけない、と。
だが遅かった。
◇
翌朝。
路地裏で、男の死体が二つ、発見された。
一人はこの辺りでも名の知れた冒険者。
もう一人は、近くに住んでいた別の新米冒険者だった。
どちらも、目を見開いたまま、動かなくなっていた。
まるで何か、言いかけたように。
残された者は、何も知らない。
だが、死者の記憶だけが、風に吹かれて静かに残っていた。
◇
カムイは今も、“誰か”を探し淡々と歩く。
(今日も誰も、私を見なかった)
彼女の思考はいつだって、外に向いていない。
内側。過去。ひび割れた記憶の底ばかりを、何度も何度も反芻している。
思い出すのは、赤く染まった家の床。
両親の死体。
奴隷として引きずられていく兄弟の叫び。
誰も手を差し伸べてはくれなかった。
誰も、私を守らなかった。
だから――
私は自分で守ると決めた。
孤独は痛くない。最初から誰もいなければ、失うこともないのだから。
*諸事情により、カムイと名前を変更しました。申し訳ございません。




