lag_03(二千年)
*
「水が硬い」わ、と、つんと唇を尖らせて、彼女がこぼした。「変なの」彼女は湯上がり「変な気分」隣に座る(ベッドの上)
ぼくは(ずっと)ぴりぴりしてる(肌が弱い)──硬水だからね(大陸は苦手だ)
「島国だよ」彼女は笑って、「保湿クリーム、塗ってあげる?」
いいよ(大丈夫)
「まぁどうせ直ぐに剥げちゃうけれども?」
くすりと笑う、赤い唇から白い歯をこぼし(ちろり)赤い舌を出す。
なんとまぁ(お行儀の悪い)
「暗くしたら、何も見えない」わ、と、彼女は(挑発的に)しなだれかかる。肌に感じる体温と、髪から香る彼女の匂い。
「違和感、分かった」彼女は囁く。「ストーンヘンジに行った時。ずっと変だと思ってた」
ふうん?
「地平線。山がない。だから硬い」
──紅茶文化(軟水)、なのに?
*
朝一番に(片持ち梁)巨大観覧車・ロンドン・アイ(巨大ゴンドラ)カプセルから町を展望(二〇分)降りてすぐの橋を渡ってビックベン(時間外)仰いでウェンストミンスター寺院(時間外)を抜け(馬に乗った警察官)騎馬警官のふたりと二頭を横に宮殿への道すがら、きみは「来年の桜は千鳥ケ淵で見たいなァ」と、未来の話をする(なんて気の早い)
──(宮殿)と、(皇居)と。
「靖国神社も、すぐ近くよ」
桜のメッカかな。
「メッカって」ぼくの言葉に、きみが笑う。「こっちの心と余所の心を一緒にしちゃ、お互いに失礼よ」
聖地?
「それはメッカの訳語じゃないの?」
サンクチュアリ?
「ああ、」そうね、ときみ。「聖域ね」
要所? それとも、銀座?
「それじゃ俗っぽい」わ、と、きみが笑う。
彼女は沈思黙考しばらくの後、「結界?」
ふうん?(それはありそう)
「女人禁制だったかな。仏教だけ? 神道にもあるのかな?」
天照大神は女神だよ。
「朝廷は男だよね?」
現王室(ウィンザー朝)は、一九一七年から男・男・男そして女(女王陛下・在位最長)
「女神に仕えるのだから」と、きみは続ける。「男がよかったんじゃないかな」
ううん(そうかもね)
「そもそも」ね、と、彼女は云う。「無理だったら、千年も二千年も続かなかったと思うよ」
意味、あるんだ?
「無意味だったら、千年も二千年も続かないンじゃないの?」
*
──なぜ千年も二千年も続いたのか、なんてことは無意味なのかもしれない。
これからの百年と、これまでの百年が、比べようもないことは、(ちょっと)歴史に触れたら分かること(自明)千年も二千年も続いたその最後を見るのかもしれない(文化消失/文明崩壊)一度失ったものは、二度と元には戻らない(自明)
*
「ああ」と、彼女は(観光客でごったがえす)白い彫刻(記念堂)、黒い柵(宮殿)の間で嘆息する。
「やっぱり衛兵の交代、見たかったな」
しかたない(時間制)今回は(諦める)
「うん」彼女は頷く。「今度。次は必ず、ね」
彼女の瞳は前を見つめたまま。
ここは気持ちがいい。輝くきれいな広場ほら(振り返って)
「そうだけどね、」と何処か拗ねた感じで唇を尖らせ、「あのフェンスの向こう」
パレス。宮殿。──白のお城。
「警備の人が持ってたの、見た?」
うん。あれは、そう、──
「自動小銃」彼女がぽつりと呟く。「行こう」
木々に囲まれた広くて長い路を抜け、「早く」おいでと、ハイド(アンド・シーク)パーク。
*
──ぼくは、わりと今の世界を気に入っている。ぼくと同じに思わない人がいることも知っている。
(その意見には反対だが、それを口にする権利は死守する)
万人に受け入れられるものだなんて、とんだ(おとぎ話)それでも或いは・もしもを考えないことはない。けれども(やっぱり)それは(おとぎ話)時間は進む。止まらない。
明日の約束、明後日の予定、来月の作品展、新しい舞台、封切りの映画、きみの誕生日ぼくらの記念日。それを(当たり前のように)当たり前に(話せること)そのものが(とても・とても)素晴らしく、しあわせなのだと思っている。
今日の食事、今夜の寝床、飲み水のこと、病気のこと、電気とガスと水道料金。来月の請求書、税金、年金、健康保険(心配事)たくさんあること(分かってる)でも(ぼくには)どうしようもない。
時間は(世界は)待ってくれない。
印鑑は形骸化していく。年末年始、春秋のお彼岸とお盆、お中元とお歳暮。時候の挨拶に手間をかけない。文語体は口語体に飲まれていく。縦書きは横書きに、外来語は訳されず、カナ表記は疎か宛字も作られなくなる。元号は消えるかもしれない国の象徴は女性で終える(かもしれない)
昔はよくて現代ではダメなことがあるように、昔はダメだったことが今では普通それ以上のことになったりする。時代と地域、人種と言葉で元来異なる(世界観)。価値観の変容/多様化の促進(混迷)もたらした。
光の速さで情報が海を地上を空を宇宙を飛び交う物も人もずっとずっと速く直ぐに近く行き交う時代あって、──
千年(或いは二千年)は、長い時間だろうか? (それとも)瞬く間の事だろうか?
──女王陛下、御世永久に。




