lag_02(乗り損ね)
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大・博物館からの帰り道、「おかしな話」と、きみが笑う。「電子書籍で本を読むのに、どうしてあんな石に熱中するかな」
分かっていたら、(たぶん)今ほど興味を持たなかったと思うよ。
「でも、見た目としては似てるよね?」
そんなことちっとも考えたことはなかった(確かに。似てる)黒地に白字のところが(ぼくの言葉に彼女、ますます笑う)
「憧れ? 懐古趣味?」
さすがにそれは遡りすぎ(憧れ?)
「うん」と彼女は頷き、「憧れって自分からもっとも遠いところにある」と、彼女は(宙に浮いた見えない)ボールを打つ真似をする(アタック)
「キライの理由は簡単に云えても、スキの理由はずっと求める」だからね、と彼女は続ける。「憧れるように人間は造られた」
神さま?
「さぁ、」どうかなァって戯けて見せて、でも、「遺伝子」と口にする。「わたしとあなたは、」
──もっとも遺伝的に離れて惹かれて、地球の裏まで来たってこと。
*
地下鉄を一本、乗り損ねていたら。
たったそれだけのことなのに。
ことだったのに。
(何故)
言葉がずっと(漂っている)
ずっとずっと・耳のそばを、頬のそばを、首の後ろ額の前──(漂っている)
*
「いい季節に来れたね」きみはホテルの窓を開け、大都会(初夏)の風を呼び込んだ。
「冬って違う?」
まったく(違うよ)
窓の外に光・光・光。すっぱり切り落とされた(テムズ川)黒い影/町の光を反射する。
「ううん」と、きみは(悩ましげ)初夏の風に顔をさらし、「冬も捨てがたかったなァ」
──荷物が増える。
「そうよ」つん、と、きみは唇を尖らせる。
冬物は厚い(嵩張る)から・ね。
「そうなのよ」と、微笑み(振り返り・ぼくを見て)「今の季節も楽しもう」
彼女の髪を(大都会)乾いた風が揺らす(笑顔を縁取る)大都会を背にしてきみはとても、
──嬉しそう。
*
買い物に行きたい。
(シリアルとトースト、オレンジジュース/お好みで珈琲)朝食から戻った彼女が云う(ぼくはまだベッドの中・寝惚けている)
「いい?」
一緒に行くよ。ぼくは(起き上がりながら)答えるのに彼女は「大丈夫」と、微笑む。「まだまだ見たいでしょ?」
だから、今日もその予定で、(昨夜)話したと思うのだけれども、きみが行くなら(ぼくも)行く。(荷物持ちになるよ)
「ううん、」彼女はぼくの髪に触れ、「女の買い物は、つまらないでしょ?」
そうでなくて。
「ううん、」彼女はぼくの髪を引っ張って、「わたしは独りで好きに買い物がしたい」
目が覚める。
「大(泥棒)英博物館での見物が足りてないでしょ?」
彼女は屈んで、ぼくを覗き込む。
「あの石。あの石柱。ロゼッタ石」
(誰かが彫った/刻んだ/文字・言葉)
(その通り)ぼくは身体を起す。うん、分かった。
「よかった」彼女は(にっこり笑って)立ち上がり、スカートのシワを伸ばして。
「そっちは博物館。わたしは百貨店」オーケー?
本当に(いいの?)
「もし駄目だったら、」彼女は(握った拳、親指と小指を立てて)「電話する」
オーケー。
「今日は、そのための予備日なんだから」と、彼女は云う。鏡の前に向き直り、前髪を直すそして腕時計をつけ時間を見て、「通勤時間外。地下鉄で行くよ」
靴を履いてバッグを抱える。
「明日はグリニッジ天文台。正午ぴったり、地球のおヘソを堪能する。午後は残りのお土産と荷造り」
そして夜は素敵なディナー(予約済み)
「ええ、そう」彼女はくるりと背を向け、「明後日はヒースロー」さっと手を振り、「さよなら、ロンドン」
身体を傾け肩越しに、(鳥のように)微笑んだ。
*
ぼくが大昔に作られた大昔の文字を彫った大昔の黒い石を見ていた時、彼女は地下鉄の中に充満する黒い煙を吸っていた。
かっての過激派すぐに声明を出した。死者に哀悼を負傷者の回復を町に日常を、一日も早く戻るよう願って。──
(当局は事故と発表した)
(町にプラカードと衝突の報道)
(多くの誤認逮捕の後に、まるで最初からそうであったかのように)
(遠い・遠い異国の話・物語)
現地当局は良くしてくれた。大使館の人も良くしてくれた。
外国から生きた人間が帰国するときはチケットの通り。そうでなければ別の手続きが必要になる。菊の模様/金の箔押し。自己の証明、パスポート──生者の証明。
彼女の手首の腕時計(時を刻む)/彼女の身体(動かない)
ぼくは手を握る(誰のせいなんだ)
彼女の顔(眠ってる)穏やかにでもそこに彼女は見えない。心の痛みが分かること。心の痛み(抉る)こと。
(空っぽの器)
ぼくは言葉を振り絞る(誰のせいでもない)
それは(いつも)世界のどこかで・誰かに(誰でも)等しく起り得ること。
(「大当たり!」嬉しそうな彼女の声)
彼女の手から時計を外し、彼女を時から解放する。──




