lag_01(一組の腕時計)
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時差(ぼくはきみを抱きしめる)
物語は一組の腕時計、つまり男女のペアウォッチに始まる。
とは云えども、それは大小の、よくあるものでなく、揃いの機械式(腕時計)つまりそう、──まったくのお揃い。機械式/自動巻きの腕時計。
*
彼女はとても背が高い。ヒールを履いたら、ぼくは見上げる(それが何故かぼくは嬉しい)
「元バレー部だからね」
手首は細いのに。
「ありがと」
こんな(ユニセックス)でも、どちらかと云えば男物みたい(銀の金具と茶の革ベルト)なのに、「綺麗な文字盤」よ、「見やすい」わ、と、彼女は微笑み、「それとも、お揃いは嫌?」
きみが良いなら、否やはない。
「まったく」彼女は苦笑して、「まったく、どうして、いつもそうなの」
違う?
「違わない。これ、包んで貰って。そして、わたしにプレゼントして」
──仰せのままに。
*
妻は眠っているように見えたし、死んでいるようにも見えた(そして彼女が眠っていないことをぼくは知っているし、彼女が死んでいることも知っている)
手渡された所持品の一覧:上から下へ──最後の段になって、イヤリング(右耳)、指輪(左手薬指)、──腕時計。
カチカチと秒針が廻る。長針も廻る。短針も廻っているカチカチと、カチカチと。
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空港に着いたのは夜だった(市内まで電車一本/地下鉄直通〈熊の駅〉行き、或いはタクシー・50ポンド)
「飛行機って、変な乗り物」
そうかな(技術の結実/かっこいいのに)
「行きは昨日で、帰りは当日、巻き戻し」
そうだね(変なのは地球か、さもなきゃ太陽或いは月)
「お揃いだ」きみは云う。「わたしたちの腕時計」
まるでそう「白ウサギね」きみは(嬉しそう・楽しそう)──だからそれは、(不思議の国)まさに「おとぎ話」微笑んだ。
*
ふたつで一組・同じ時計(ぼくか/きみか)その日その日で(昨日と同じか)分からない。
なのに、
「同じでないよ」
何が?
「時計。時間、ズレる」わ、と、きみは、(ネジ・竜頭/カリカリと)廻して、「どっちが早いか、遅いのか」
今朝はそんなことなかったよね?
「一日で二分、くらいかな」
──修理に出そう。保証書がある。
なのに、「いいよ」と、彼女は云う。(右手と左手)一つずつ時計を持って、「ときどき合わせてあげるくらいで、いいんじゃない?」
それじゃあ用途に合わないよ。
「いいんじゃない?」
時計を(ぼくに)渡して彼女は(ぼくに)しなだれ掛かり(ぼくの)頬に(そっと)手を添え、「そのくらい、勘弁してあげなさいな」
まったくきみは(どうかしている)
「笑うなァ」
まったくきみは(お調子者)
──それからきみは、
「決めた」と、(何故か)得意げに宣言する。「地球のおヘソを見に行こう?」
それまで(北か南か/東か西か)決めあぐねていたのに、「ここ」よ、と、ピンを固定したのは:英国/グレートブリテン及び北アイルランド連合王国──つまり、「ロンドン(倫敦)」
*
教授のお供でオックスフォード/学会・加速器・懇親会。宿でレポート・レポート・レポート・論文。遊びに行く時間も気力もないまま霧の都・通過した(思い出したくない)
「いや(嫌)?」彼女は真っすぐ見つめてきて(長い睫毛をしばたたかせ)、──いや(否)。それはもう(ずっと・ずっと)昔のこと。
──本当は川下りをしたかった。
テート・ブリテンからテート・モダン。犬も勘定にいれて。
グリニッジ天文台は、都市の外れ(地下鉄から乗り換え一本、徒歩少し)すぐ近く。
──初日でなくて?
「お楽しみは、とっておく主義」きみは不敵に微笑んで、「知らなかった?」
もちろん(知ってる)だからね。二回行ってもいいんだ。先に見て帰りの前にもう一度。
「そんな」信じられない、とばかりに彼女は(大袈裟・芝居がかって)「勿体ない」
ハズレだったらどうするの。
ぼくの言葉に彼女は指を揃えて両の手首を前に曲げ向け、「それは、それ」右から左に「これは、これ」見えない何かを動かした。「いけない?」
まさか。
天文台はロンドン塔、タワーブリッジを(テムズ川)下った少し先の大きな公園こと平日の昼間となれば誰もいない/人気のない自然に囲まれた広い広い公園だ(リスがいる)
「ほんとに?」彼女は両手を胸の前で重ね、「素敵」
きみも(ずっと・もっと)、──
──そうだよ。




