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lag_01(一組の腕時計)


   time-lag_M_45


   時差(ぼくはきみを抱きしめる)


 物語は一組の腕時計、つまり男女のペアウォッチに始まる。

 とは云えども、それはメンズレディースの、よくあるものでなく、揃いの機械式(腕時計)つまりそう、──まったくのお揃い。機械式/自動巻きの腕時計。


   *


 彼女はとても背が高い。ヒールを履いたら、ぼくは見上げる(それが何故かぼくは嬉しい)

「元バレー部だからね」

 手首は細いのに。

「ありがと」

 こんな(ユニセックス)でも、どちらかと云えば男物みたい(銀の金具と茶の革ベルト)なのに、「綺麗な文字盤」よ、「見やすい」わ、と、彼女は微笑み、「それとも、お揃いは嫌?」

 きみが良いなら、否やはない。

「まったく」彼女は苦笑して、「まったく、どうして、いつもそうなの」

 違う?

「違わない。これ、包んで貰って。そして、わたしにプレゼントして」

 ──仰せのままに。


   *


 妻は眠っているように見えたし、死んでいるようにも見えた(そして彼女が眠っていないことをぼくは知っているし、彼女が死んでいることも知っている)

 手渡された所持品の一覧(リスト):上から下へ──最後の段になって、イヤリング(右耳)、指輪(左手薬指)、──腕時計。

 カチカチと秒針が廻る。長針も廻る。短針も廻っているカチカチと、カチカチと。


   *


 空港に着いたのは夜だった(市内まで電車一本/地下鉄直通〈熊の駅(パディントン)〉行き、或いはタクシー・50ポンド)

「飛行機って、変な乗り物」

 そうかな(技術の結実/かっこいいのに)

「行きは昨日で、帰りは当日、巻き戻し」

 そうだね(変なのは地球か、さもなきゃ太陽或いは月)

「お揃いだ」きみは云う。「わたしたちの腕時計」

 まるでそう「白ウサギね」きみは(嬉しそう・楽しそう)──だからそれは、(不思議の国)まさに「おとぎ話」微笑んだ。


   *


 ふたつで一組・同じ時計(ぼくか/きみか)その日その日で(昨日と同じか)分からない。

 なのに、

「同じでないよ」

 何が?

「時計。時間、ズレる」わ、と、きみは、(ネジ・竜頭(リューズ)/カリカリと)廻して、「どっちが早いか、遅いのか」

 今朝はそんなことなかったよね?

「一日で二分、くらいかな」

 ──修理に出そう。保証書がある。

 なのに、「いいよ」と、彼女は云う。(右手と左手)一つずつ時計を持って、「ときどき合わせてあげるくらいで、いいんじゃない?」

 それじゃあ用途に合わないよ。

「いいんじゃない?」

 時計を(ぼくに)渡して彼女は(ぼくに)しなだれ掛かり(ぼくの)頬に(そっと)手を添え、「そのくらい、勘弁してあげなさいな」

 まったくきみは(どうかしている)

「笑うなァ」

 まったくきみは(お調子者)

 ──それからきみは、

「決めた」と、(何故か)得意げに宣言する。「地球のおヘソを見に行こう?」

 それまで(北か南か/東か西か)決めあぐねていたのに、「ここ」よ、と、ピンを固定したのは:英国/グレートブリテン及び北アイルランド連合王国──つまり、「ロンドン(倫敦)」


   *


 教授のお供でオックスフォード/学会・加速器・懇親会。宿でレポート・レポート・レポート・論文。遊びに行く時間も気力もないまま霧の都・通過した(思い出したくない)

「いや(嫌)?」彼女は真っすぐ見つめてきて(長い睫毛をしばたたかせ)、──いや(否)。それはもう(ずっと・ずっと)昔のこと。

 ──本当は川下りをしたかった。

 テート・ブリテンからテート・モダン。犬も勘定にいれて。

 グリニッジ天文台は、都市(まち)の外れ(地下鉄から乗り換え一本、徒歩少し)すぐ近く。

 ──初日でなくて?

「お楽しみは、とっておく主義」きみは不敵に微笑んで、「知らなかった?」

 もちろん(知ってる)だからね。二回行ってもいいんだ。先に見て帰りの前にもう一度。

「そんな」信じられない、とばかりに彼女は(大袈裟・芝居がかって)「勿体ない」

 ハズレだったらどうするの。

 ぼくの言葉に彼女は指を揃えて両の手首を前に曲げ向け、「それは、それ」右から左に「これは、これ」見えない何かを動かした。「いけない?」

 まさか。

 天文台はロンドン塔、タワーブリッジを(テムズ川)下った少し先の大きな公園こと平日の昼間となれば誰もいない/人気(ひとけ)のない自然に囲まれた広い広い公園だ(リスがいる)

「ほんとに?」彼女は両手を胸の前で重ね、「素敵」

 きみも(ずっと・もっと)、──

 ──そうだよ。

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