020 月詠
下々の暮らしを知らない貴族様の御言葉で、家を頂くとか訳の判らない話に巻き込まれた俺は、今夢を見ています。連れて来られたのは領主館が大きく見える場所に建つ豪邸の前でした。
「アラ、此処は『ダーイン男爵家の別邸』ですよね!?」
「仰せの通りです。ですが、先々月よりダーイン様は区画違いに新しい館を建設中で、この屋敷は現在売りに出て居ります」
「そうですか、それで部屋数は?」
「十五です。他にメイド部屋・納戸・馬小屋が御座います」
「少し小さいわね」
嫌々、デカすぎるでしょ。俺とレイの二人住まいだよ。客室入れても3LDKでも広すぎるって!
「クドウ殿如何ですか?」
ブルブルと首を横に振る俺
「次!」
御后様の号令で、そそくさと移動を開始する俺達。二軒、三軒と立て続けに家成らず豪邸を拝見していく。コレって『豪邸拝見』って番組ですか?
結局、俺は一度も首を縦に振らず領主館へと帰って来た。
「決まらなかったか。意外とクドウ殿は注文が多いの」
変な難癖付けられました。慌てて滅相も無いと釈明すれば、侯爵様は笑って帰して来たよ。俺って遊ばれてるじゃん。
「まぁ~今日の今日では、良い物件は無いと言う事か。そもそもシャレーヌよ、何故家などと思いついたのだ?」
「クドウさまが自由に使えるキッチンを思い付きましたの。其れに家が在れば、お二人は何時でもこの地に訪れると思いましたの」
やっと騒ぎの原因に戻れたね。そう俺が買った食材を自由に使うキッチンさえ在れば、何の問題も無いんだ。ワザワザ高価な家を買うなんて、馬鹿騒ぎをする必要も無いって事ですよ。
「であれば、ボイドお主の家が現在使って居らぬのでは無いか!?」
「左様で御座います。掃除も行き届いて居りますからすぐにでも使用可能です」
「ならば、クドウ殿に貸し与えるが良い。その上で改めて土地の選定及び家屋の購入を考えるとするか。妃よ如何か?」
「そうですわね。考えるとクドウ殿がお建てに成る家も面白そうですわね」
ボイドさんは、こうなると予想した確信犯で御后様は更に壁を上げました。
既に逃げ場のない俺は、黙って事の成り行きを見詰るしかありません。
騒ぎに所為で予定が丸一日ずれました。其れだけ帰る日程もズレます。ヘレンさんに事の顛末を伝え、日中はボイド邸へ向かい、宿は延長する事と成ります。
翌日、ボイド邸へ向かえば、安心の平民街でホッとした気分です。但し、訪れた家は住宅展示場のモデルルームか!?って家です。
「奥様からお手伝いする様仰せつかりました」
「私は女将から同じく手伝いを言い使っております」
二人の助手の登場です。となれば、俺も張り切るしかありませんね。有難い事に二人は其々調理器具持参です。オマケに良い食材も持ってきています。
「コレは生牛乳ですか?」
「はい。今朝の搾りたてで御座います」
搾りたての無調整。時々ファームランドで飲む事が出来ます。ただ、お腹が酔え相方にはチョッと危険代物です。そして此処は魔法が溢れた世界です。俺は二人に生活魔法が使える事を確認すると、早速作業に取り掛かりました。
「牛乳に魔法を掛けて上澄みを集めて下さい」
「貴方は此方で皮をむいて薄くスライスをお願いします」
「レイ。君は卵を泡立ててくれ」
「俺はこの粉と白い塊を混ぜる実験をするから」
「ほぉ~牛乳の上澄みはこの様な利用が出来るんですね」
「何と、あの苦い薬が此処まで滑らかで光沢が得られるとは……」
「美味い!塩加減が絶妙ですね」
「コレは、言葉で表すならば黒い宝石でしょうか」
「ポンポンと跳ねる音と触感が楽しいですね」
「普段困って居た食材が、カリッとした触感に……驚きですよ」
どうやら、想像通りに完成しました。手伝った面々も楽しんでいる様子です。魔法様々です。日本では個人で作ろうと考えれば、トンデモナイ労力と時間が必要ですけど。改めて魔法の力に驚きです。と同時に俺にはその力が使えない事が残念です。
「旦那様……」
この場でレイ唯一人、彼女だけが、俺の気持ちに気付いてます。俺には過ぎた勿体無い女性だね。
昼食は実験の残骸で済ませ、如何にか形に漕ぎ着けた。後は明日、侯爵家の御屋敷で料理教室を開けばOKです。ボイド邸の片付けを済ませ宿へ帰る事が出来ました。
「クドウさん。姉さんから急ぎの手紙が届いてます」
ヘレンさんがそう言って俺に手紙を渡す。内容は恐れて居た事だ。
「旦那様。シャレーヌ様や侯爵家の方々には申し訳ないですが、急いでこの地を離れましょう」
「待った。ベラさんのお蔭で少しは時間が在ると思うよ。俺達は反対方向へ向かってると言う事だ。逆に今動けば、かち合う可能性が在る。予定通り料理は披露しよう。但し、家は暫く延期だな」
俺達の行動を、どうするかは保留とした。相手の同行を探りながら移動手段の確保に励む事にする。唯、その前に料理を楽しんでもらう事に専念しよう。
「……コレが一連の流れです。覚えましたか?不安であれば、この二人に後は聞いて下さい。しっかり昨日仕込みましたから」
苦笑いするのは昨日手伝いをした二人だ。この後二人は独立し店を構える。其れも国中に支店を構えるほどの大きな店のオーナーとなるが、俺達はまだ知らない先の話であった。
「では、皆さん御試食下さいませ」
完成した品々の前で、俺が音頭を取ろうとした。しかし、此処で雅かのマッタが掛かる。掛けたのは侯爵夫人だ。
「御免なさいクドウ殿。此処で、スペシャルゲストを御呼びしたいの許してね」
そう前置きして登場したのは、金髪の清楚な感じがする少女否、女性だった。
レイは開いた口が塞がらず、他の方々は侯爵様も含めて頭を下げる。ポカンと呆けるのは俺一人。そう俺はこの女性を知らない。逆を言えば、俺以外は皆知ってる存在の女性だ。
俺を見て、クスッと笑みを浮かべる女性。そして彼女は口を開く。
「如何か皆様、頭を御上げ下さいませ。此度は公用では無く一人の知人として参って居ります。偶然にもエルーラ候の御屋敷で楽しき催しが在ると聞き、無理を聴いて頂きました。招かざる客で御座いますゆえ、どうか頭を」
「滅相も御座いません。月詠み殿は教皇様に並ぶ、教会随一のお方。招かざる等と大層な事を思う者は居りません」
侯爵様の言葉に我に返る俺。急いで頭を下げるしかない。もう遅いけどね。彼女としっかり目が合っちゃったし、おいおい、レイよ胸にしまってるナイフに手を掛けるのは辞めようね。もう完全に後手だから。
食堂がシーンとした状況から一転する。音頭を取るのは侯爵夫人だ。カリスマ性って言うんだろうか、人を導く力が凄いね。コレが貴族足る所以かな。
「では、改めまして、私の国での広く愛されている品々です。ご堪能ください」




