017 侯爵家
本日二話目です
依頼でヴェイルの町を離れ、初めてこの世界の旅と言う経験を迎えた工藤達。初日は乗客の数も少なかったが、目的地に近付くにつれその数も増えて行く。席がギュウギュウ詰めと成り、様々な臭いが籠り出す。加えて馬車の乗り心地の悪さに工藤は苦しめられだした。
「大丈夫ですか?旦那様?」
「あぁ~こんな落とし穴が在るとは、思わなかったよ。レイは問題ない?」
「私は大丈夫です」
「そっか。じゃ俺の事は良いから食事に行っておいで」
「ですが……」
「万が一の事が有ったら、今の俺よりレイが頼りなんだ。だから、シッカリ食べれる時に食べて置く。冒険者の鉄則だろ」
「……判りました」
八十ケレ。車にして二時間で、お釣りが来る距離も馬車と言う乗り物と整地されてない街道の旅が、此処まで苦難だと初めて知った。知識と経験を得た代わりに、尻の痛みと気分の悪さを得て工藤は部屋で絶対安静の身と成って居た。
「よう!相方の具合はどうだ?」
「大分落ち着いた様です」
「そりゃ~良かった。だけどアソコまで酔いが回るって俺ッチ初めて見たぜ」
「俺もだ!ありゃ~豪ぇ金持ちの家で育ったか、貴族様なんだろうよ」
護衛の冒険者と他の乗客の一部が、工藤を馬鹿にする。レイは腰の剣に手を触れ様とするが、ソレを抑えたのは御者だ。
「私もこの仕事を始める前は酷いモノでした。治せる薬も無く技も在りません。大変でしょうが此処は回数を重ね慣れる他無いのです。堪えて下さい。彼等も決して悪気は在りませんから」
御者の一言で堪える事が出来たレイ。小馬鹿にした連中も深い意味は持っては居なかった。唯、不運なのは工藤の横に居たのがレイで在った事、そのレイが苦しむ工藤に対し尽くす仕草が彼等に嫉妬の芽を産んだのだ。
「今日の夕方前には着くそうです。旦那様大丈夫ですか?」
「其れ位なら、問題なさそうだ」
馬車に揺られ相変わらず良いに苦しめられる工藤。やがて御者が『見えたぞ』と声を掛ける。体力を振り絞り顔を上げる工藤。彼の視界に丘を越え段々と広がる侯爵領の中心街『エメロス』が入って来る。
街道は石畳へと変わり揺れが収まる。街道脇には雑草が整備され可愛い花が咲き誇って居た。丘の向こうには、青々とした草原が広がりその先に塀で囲まれた大きな街並みが写る。
「おぉ~ヴェイルより大きいな。それに区画整理がキッチリとされてるよ」
「おっと、旦那も元気が出て来た様だね。そうよ!この町は、この国の三大都市の一つさ。大きさと言い、街並みと言い、東の地方では最高の町だぜ」
御者の声も上ずった感じで最後の解説と成る。工藤も疲れが吹っ飛ぶ思いで町を眺めていた。
「お疲れ様でした御者殿」
「いえいえ、仕事ですから。お二人様も長旅ご苦労様でした」
「縁が在ったら何処かで会おう!」
同乗した御者と護衛の冒険者と別れ、工藤とレイは、先ずは宿屋へと向かう。エメロスの町にはヴェイルの宿屋『ルスト』の女将『ベラ』の知人が営む宿屋が在る。工藤達は事前に其処へ泊る予約をしていたのだ。
「先ずは宿へ向かい侯爵家へは明日お伺いしましょう」
「……大門から二つ目の通りの角を曲がって……近いですね。大丈夫ですか?」
「揺れないと思ったら少し元気に成ったよ。心配してくれて有り難う」
大きな荷物と言えるのは依頼者である領主夫人から預かった荷物だけだ。それでも片手で余裕で持てる大きさと重さである。苦に成る事も無く二人はベラから貰った地図に従い目的の宿へと歩き出した。
「御免!ヴェイルから来た工藤と言うモノだ」
「おやおや、無事予定通りでしたね。ベラからお話は聞いて居ますよ」
「二日程、厄介になるがヨロシク頼みますね」
「此方こそ、良くいらっしゃいました。女将の『ヘレン』です」
顔を出したのは女将だった。何処と無くベラに似た雰囲気だ。彼女を少し若くして、細くした感じの女性だった。
「似てますね」
「あぁ似てるな」
「おやっ聞いてませんでしたか?ベラは私の姉なんですよ」
「「なるほど~」」
「姉の方が若い時は、私より綺麗で男性受けが良かったんですけどね」
「「えっええ!!」」
衝撃的な発言を聞かされ驚きた二人だが、気を良くした女将ヘレンはケラケラと笑い部屋えと案内した。
「良い眺めだ!町の大半が臨めるね」
「この宿一番の部屋ですよ」
「其れは有難い」
「今夜と明日はこの階には御二方だけですから、ごゆっくり」
そう言ってヘレンは下へと降りて行く。残された工藤は背伸びをして疲れを取り払い、レイは服が皺に成らない様にと支度を整えだした。
茶を一杯工藤に準備し、レイは侯爵家に明日お伺いをする旨を伝えに外出した。
「ふぅ~所変わればって奴だな。見慣れない風景ってのも新鮮で良いね~」
独りベランダで町の景観を楽しんでいる工藤。ヴェイルより都会と言うだけあって、街並みに建つ建物もレンガ作りより白い漆喰の壁が目についた。
宿も同じく白い漆喰の壁で三階建てだ。目の前の通りも広く行き交う人々も活気が在った。いつの間にか、ベランダの椅子に腰かけウトウトとする工藤である。
「……うん!?」
気が付けば、いつのまにか寝て居た。夜風が心地よい。隣にそっと寄り添ってレイも転寝をしている。いつの間に帰って来たんだ?と思いながら、工藤はレイとの距離を更に縮めた。眼下には陽が暮れ始め、町に灯りが灯り出す。子供たちの遊び声が響き、辺りに美味しそうな匂いが立ち籠めている。
「こうしてると異世界ってのも良いモンだな」
「そうでしょう。私が居ますからね」
「フフッ。そうだなレイが居れば俺は何処でも良いな」
何時の間にか起きたレイに驚く事も無く会話を楽しむ二人。そこへ『夕食の用意が出来た』と連絡管からヘレンの声が流れて来る。
「へぇ~。昔の船みたいだけど、便利だな」
「旦那様は船の旅をご存じなのですか?」
「レイは無いの?」
「はい。在りません」
「じゃ~いつか船旅にも出ようか」
「はい。……ですが、その前に」
「その前に?」
「お腹が空きました。食堂へ向かいましょう旦那様」
「アハハッ。そうだな。俺もペコペコだよ」
他の客の接客と調理は店員に任せ、ヘレンが二人の席へ同席とした。互いに商いをしている為に何年も顔を合わせていないそうだ。ラナを世話したのもヘレンで在り、二人をよく知る工藤達から近況を聴くのを心待ちにして居たと聞かされる。笑いと驚きに満ちた会話を堪能するヘレン。調子に乗った工藤が、ベラの宿で人気の料理を一品披露する。
見た目と美味しさと調理方法にヘレンとコックも絶賛され、急遽料理教室まで開いたのはご愛敬だ。そして、宴が終わり部屋へと帰る二人。
「旦那様は料理が好きですね」
「料理は人を喜ばすし、何より幸せになるからな」
「私も手解きを受けますか」
「……帰ったら家を買うか」
「要らぬ出費ですよ。それに旅に出るのに邪魔に成ると思いますが」
「身の丈に合った奴を買うさ。それに旅の間は人に貸す手も在るさ」
「……はい」
今夜は月明かりの夜だ。今は揃ってベランダの椅子に並んで酒を酌み交わしている。二人を見守るのは月ばかり。気が付けば寄り添い合い唇が重なり合っている。漏れ出す吐息が少しづつ荒くなっていくのは、二人にとって何時もの事であった。




