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三人が仲良くなってから、時がたった。
自分の友だちと友だちが仲良くなってくれるのは嬉しいことだ。前から弟のように思っていた影にやっと友だちができて少しほっとする。
「ご注文は?」
呼ばれた卓へ向かうと、その隣の卓が何か言い争っているようだった。
「すみません、もう一度お願いしていいですか」
隣の言い争う声で注文が聞こえず、聞き返す。
「信じらんない浮気なんて!信じてたのに」
その言葉が、昨日朔に言われたことと重なる。
「……あっ、えと、缶ビール2つと枝豆ですね」
幸い注文は聞き取れたが、心の中は上の空だった。
昨日、朔から送られてきたメッセージはこうだ。
「巡の可愛い可愛い翠がカラオケで襲われそーになってるよー」
これは明らかに朔の言い方が悪い。まるで、俺のトラウマを思い出させようとしているかのようで、同時に俺の心変わりを非難しているようだ。もっとも、俺は心変わりなんてしてなくて、朔のただの勘違いに過ぎないが。
その後の帰り際も酷かった。
「なんで来たの?霞ちゃん一筋なんじゃないの」
その時ははあ?と思わず声が漏れた。そんなのわかり切った疑いようのない問いかけだ。ただ俺は、あんな言い回しをされたから、あの時の後悔を繰り返さないようにと、行動しただけなのに。それは決して霞への思いを裏切る理由にはならない。
そんな昨日の嫌な記憶を思い出して、俺はため息を吐く。
「気分悪」
「えっそなの!?巡ちゃんだいじょぶ!?」
「あ、なんでもねっす」
店長に聞かれて過剰反応されたが、上手く流した。
この後、あいつらここに来るつってたっけ。あーめんど。店員モード入ってさっさと帰ろ。
脳裏に天使の顔が浮かぶ。早く家に帰るのが待ち遠しかった。
「お前ら来んのおせーぞー」
作り笑顔で、影たちに言った。
「つかお前はいつバイト来んだよ」
影を指さしてそう言うと、影は「巡とシフトかぶってないから会わないだけで毎回行ってるよ」と目をしかめて言った。
「あーそっかお前受験生だからシフト減らしたのか。てか酒飲みたいなら早くしろよ、俺そろそろ上がるから」
と言うと、「何言ってんの?巡がシフト上がる時間に合わせたんだけど」と朔が言った。
「は?」
「巡ちゃん上がり?おつかれー」
「いや俺この後客で飲みます」
店長とそんな会話をして、俺は影たちの元へ向かった。翠の隣の席が空いているのでそこに座る。
「ご注文は?あれ、巡やん、もう上がり?」
「おう翔太!そうなんだよ付き合いだよ、こいつら未成年だからジュースで!俺は生ね!」
「え」
「お前もまだギリ未成年だろ、まいいけど」
翔太はそう笑って厨房へ向かっていった。
影が小さく「え」と言ったのを聞き逃さなかったが無視した。
「なんか最近俺ら会いすぎじゃね?」
俺がそう言うと三人は顔を合わる。
「あ、なんか友だちできたの嬉しくて」
翠が言った。
「翠ってなんか友だち少ねーよな。大学とかだいじょぶなん?」
俺が聞くと、「えまあ、なんとか?」と翠は答えた。
やたら朔が翠を見ているので、翠は視線に気づき狼狽える。
俺は何かを察した。
「あの、め、巡くんさ、好きなタイプとか……」
翠が顔を赤くして聞いてきた。
「えっ!?」
俺は突然の質問に驚愕する。
朔や影の方を見たが、2人は目を合わせてはくれなかった。
「それは……そうだな」
脳裏には明確に一つの人物像が浮かんでいる。なんと答えるか迷った末、俺は答えを出した。
「なんか色素薄い系の髪?でロングの子」
「ロング……」
黒髪ミディアムの翠が呟く。
「あっあとなんか、肌白くてタレ目の子!」
頭の中にその人物を思い浮かべていると、顔や耳、全身が熱くなってくる。
「あと身長が160くらいで、すげー可愛い声で、俺のこと――」
そこまで言ったところで、俺の言葉は途切れた。
『――巡くん』
天使のような声で、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。否、過去の記憶が俺にその声を思い出させた。
彼女は俺のことを巡くん、と笑顔でいつも呼んでくれた。いつもいつも、その最期の瞬間まで。
彼女は最期、俺のことを呼ぼうとして死んだ。
虚ろな瞳で、「巡くん」といつものように呼ぼうとしてくれた。それなのに、俺はそれに答えてやれなかった。ただその血に濡れた体に気を取られ、気づいたら立ち入り禁止のテープの外側に連れ出されていた。執拗に俺に証言を求めてくる警察官たちの影で隠れて、彼女は見えなくなった。何度も伝えようと思った言葉1つ伝えられずに、彼女はあっけなく死んだ。俺を呼ぶあの鈴音のような声は、もう二度と聞けないのだ。これは俺自身が招いた災厄なのである。
「巡」
気づけば俺はグラスを持つ手が震えていて、ビールが床に零れていた。
俺を呼ぶ声は影のものだった。
「飲みすぎなんだよ。ちょっと風当たってくる」
そう言って影は俺を店の外へ連れ出した。




