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「巡くん……?」
乱れた呼吸で、わたしは言った。
巡の通っていた高校で待ち伏せしていても来ず、街のあっちこっちを駆け回ってやっと見つけた場所。巡にとってこの場所は、霞との出会いの場所だったりするのだろうか。たしかにわたしも最後にどこに行きたいかと聞かれれば、巡との出会いのスタバへ赴くかもしれない。
巡はずっと海の方へ向いたままだった。
わたしは近寄る。巡は振り向かない。心臓がどくどくと鼓動していて、波音が聞こえないくらい五月蝿い。
「来んな」
巡は私に向かってはっきりとそう言った。
「近づいたら、身投げする」
わたしは息を呑む。まさか巡が本当にそんな行動に出るとは思わなくて、心底身震いした。
巡は手に熊のぬいぐるみと花束を持っている。何を考えているのか、手に取るようにわかった。
「なんで来たんだよ」
震える声で、巡はわたしに聞いた。巡はゆっくりとこちらへ振り向く。目が合って、心臓がドクンと鳴るのがわかった。
「俺散々翠にひどいことしたじゃん、まだ俺のことが好きなの?」
その言葉に、心臓が跳ねる。巡の憐れむような視線が、わたしを突き刺す。それでも、わたしはこう言うしかなかった。
「好きだよ」
巡は唖然として絶句する。わたしは赤らんだ顔を隠さず、真っ直ぐと巡の方へ歩み寄る。
「だ、だから、来んなって!来たら飛び降りるからな!?」
巡が後ずさる。すぐ後ろには青く澄んだ、大きい海が広がっていた。わたしがどれだけ近づいても、巡は身投げなんてできないだろうと、根拠のない確信を持つ。
わたしは大きく息を吸って言った。
「巡くんはずっと、自分のことしか考えてない……っ!」
巡は後ずさる足を止める。
「霞さんが亡くなって、そりゃ辛いと思うけど、でもずっと引き摺ってちゃもっと辛いだけだよ!あっでもまあ引きずってもいいんだけど……でも、あの、霞さんのことを忘れるわけじゃなくて、前も見てほしいって、わたしはそう思ってて」
「な、何言ってんのかわかんねえよ、翠は俺がいて辛かったんじゃねえの?影にも迷惑かけたしじゃあもう俺いらないじゃん、霞だってもういないんだ」
「そんなことない!巡くんはわたしのこと助けてくれたじゃん……!」
「は?」
わたしは構わずに突き進む。巡が後ずさろうとするが、やはりそれ以上は下がれないようだった。
わたしは震える手で、巡の腕を掴む。
「初めて会った時、巡くん相談乗ってくれたでしょ?あれがもし、巡くんにとってはなんでもないことで偽善だったりするかもしんないけど、でもわたしはそれに助けられた」
「あーあーもう」
巡は俯く。
「だっだからわたし、やっぱり巡くんに楽しく生きてほしくて……!」
そこまで言って、わたしは気づく。同じ御託ばかり並べていても巡の心は変わらないのだと。わたしはどうして巡に前を向いてほしいのか。改めて考え直す。巡のためにとか、巡が辛いからだとか、本音はそれだけじゃないはずだ。もっとわたしにはわたしの欲があって、それをさらけ出さないで巡を説得しようだなんて、傲慢じゃないのか。
「霞がいないのに、楽しく、か?笑えるな」
巡は自嘲するように鼻で笑う。わたしはそんな彼の横顔が、寂しさに満ちているように思えてきて。
「わたしのために生きてよ」
思わず口走ってしまう。巡は目を見開いて何をほざいてるのか、と言いたげな表情をしていた。
「も、もう、霞さんがいないからとか、迷惑かけるからとか、人のためにしか生きれないんだったら、もうわたしのために生きてよ……!」
「いや、何言ってんの」
「わっ、わたしもわかんないっ、でもわたしは巡くんのことが好きで、だから巡くんがいないとわたし悲しくなる」
「まじで何言ってんだよ、俺がそれで、ほんとにじゃあ翠のために生きますって言うと思ってんの?」
「それは……違うかも、しれない」
「だろ!?なら」
「でも」
わたしは一つ確信していた。巡がきっとわたしのお願いを聞いてくれるだろうと、そう思える理由。わたしがこれほどまで彼に生きてほしいと思える理由。
「巡くんは優しいから。お願いされたら断れないでしょ?」
「……は?」
巡の瞳が揺れる。わたしは一歩近づいた。
「巡くん会った時からずっと優しくて、わたし覚えてるもん、初対面なのにめっちゃ長い時間相談乗ってくれて、連絡先までくれて、ほんとに嬉しかった」
「おい、待てよ」
「いっつも車道側歩いてくれるし、大学迎えに来てくれるし」
「待て待てそんなの嘘だろ、ぜんぶ偽善だ、人に見捨てられないための演技なんだよ」
「そうだとしても、わたしはそんな巡くんのことが好きだよっ」
顔が赤く、次第に涙が頬を伝う。声が上擦っても、続けずにはいられなかった。
「大好きでいなくなってほしくないから、わたしのそばにいてくれないと死んじゃう」
「そんなの俺じゃない方がいいって」
「違う!めっ巡くんがいいのっ」
巡と目が合う。が、すぐに逸らされてしまう。
「だって俺、俺が好きなのは霞だからっ、あとほんと俺ダメなやつだしまた翠を傷つけるかもしんない」
「いいよ、そばにいてくれれば。……巡くんが霞さんを好きなことも、知ってる」
言いながら、胸が軋むように痛んだ。
「俺翠に好きって言われても、返せない……っ!」
「うん、わかってるよ、それでも、わたし、巡くんがそばにいてくれないと……」
声が上擦って、目の奥から熱いものが込み上げてくる。
「でも、ほんとにほんと、翠が思ってる以上に俺やばいやつだから」
「でもわたしが好きなのは巡くんなのっ」
声が震えて、涙を抑えきれなくなる。わたしは俯いた。
「あっごめん泣かないで」
巡が焦燥を滲ませてわたしへ近づく。巡は熊のぬいぐるみと花束を手放して、わたしの肩に触れた。その接触が巡にとってはただの反射的なものであったとしても、わたしにとっては鼓動を速まらせるくらい嬉しいことなのだ。
わたしは巡の顔を見上げた。巡は本当に焦ったような顔をしていて、わたしがこんな巡の顔を見るのは初めてだった。なんだか知らない巡を一つ知れた気分になって、自然と笑みが漏れる。目が細まって、目尻の涙が頬を伝って流れた。
巡は伝った涙を指で拭ってくれる。
「……えへへ」
わたしは笑って小さく言った。巡はそんなわたしを、黙って見つめた。
「……ほんとに、俺なんかでいいの?」
わたしが返す言葉なんてたった一つしかない。嗚咽混じりで喉を詰まらせながら、わたしは答えた。
「うん、巡くんがいい」
言いながら、ぼろぼろと涙を零す。
「ほんとに、俺で?」
「うん、うん」
「俺が好きなのは霞だよ、それでも、翠は俺がそばにいてほしいの?」
「うん……」
たとえ彼が見ているのがわたしでなくとも、今はいいと思えた。優しくてお人好しな彼に、どうしてもわたしのお願いを聞いてほしかった。
これはわたしの一世一代の我儘だ。
わたしは俯くしかなくて、巡はそんなわたしを周囲から隠してくれた。
ただずっと、こうしていられたらいいななんて、ぼんやりと望んでしまった。




