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翠はずっとわたしの部屋で蹲っていた。何も発さず、ただただ巡の帰りを待ち続けるように、遠い目で。
「あっ出てくるね」
ぴんぽーん、とチャイムが鳴り、そう言ってわたしは玄関に向かう。誰の訪問かはなんとなく察していて、 緊張と不安と、少しの安心感でわたしの心は乱れていた。
扉を開けたら、そこには案の定影が立っていた。
「はあ……っ、翠は?」
「来てるよ」
短く、そう告げると影は靴を脱いで足早にわたしを通り過ぎて部屋へ上がっていく。
呼吸が荒く、胸が上下していた。走ってきたのだろうか。巡を探して?以前わたしが影と巡の殴り合いに遭遇した時、影はもう巡には構わないと言っていたのに。それから意見が変わったのだろうか。だとしたら何故?やっぱり巡を見捨てきれなかったのか、巡が恩人だからか、それとも、翠が巡を諦めていないから?
わたしも影に続いて部屋に戻る。影は翠を見て初めに、「足どうしたの?」と聞いた。
「あっこれ階段で転んじゃって。朔が消毒してくれたんだけど」
翠は自嘲するような笑みを浮かべる。わたしには無理して笑っているように見えた。
「絆創膏ちょうど切らしてたんだよね、影に買ってきてもらってもよかったけど、まだお店空いてないと思うし」
わたしは補足するように言った。
「あでもぜんぜん軽い怪我だしだいじょぶだよっ」
翠は顔の前で両の手を振って言う。
「なんだよ言えよ、コンビニは開いてるだろ」
影が言った。わたしはなぜだか胸に棘が刺さったような感覚を味わう。
「巡くんは……」
翠が怖気付いた声音で問うた。影は1拍置いた後、「心当たりある場所は全部行った。けど、どこにも」と、はっきりと告げた。
わたしは翠の顔を伺う。まさに絶望という文字が相応しいほどの、暗い失望に満ちた表情をしていた。
なんと声をかければよいかわからず、わたしは戸惑うことしかできない。
「けど」
そんな中、影が言う。
「whooなら繋がってるから、切られてなければ位置情報わかる」
そう言って影はスマホを取り出す。
「whoo?」
翠は聞き返す。
「ちょっと前に流行った位置情報アプリ?みたいな。なんか友だちと繋ぐやつ。てかあんたまだやってたの?巡はもうやってないんじゃない?」
「だから切られてなければ、だ」
影はスマホを操作した。そして、指が止まる。わたしは固唾を呑んだ。
「一応、アンインストールはしてないっぽいな」
影はそう言った。
「!じゃあ」
翠は目を輝かせる。
「たぶん、これを追えば巡を見つけられる」
ここに来て急に巡の居場所を特定する手段が発見される。絶望の中に一筋の希望を見つけた、翠はそんな表情をしていた。
「で?肝心の巡は今どこにいんの?」
わたしは聞く。影は数秒黙った後に、躊躇いがちに答えた。
「……静岡」
「はあ!?」
「の、手前くらい」
わたしはため息をついた。
「巡……何する気なの?」
「わからない。でも、あんな調子なら」
影は言いかけて止める。すると刹那の静寂の後、翠は口を開いた。
「行く」
「……え」
「巡くんを追いに行く」
翠の思いもよらない発言に、わたしは影と目線を合わせる。本音を言うと、わたしはこのままここで巡の帰りを待っていたかった。きっと巡は最後まで純愛を貫こうとしているのだから、そうさせてあげるべきだと考えたからだ。あと、翠はもう巡へ気持ちを伝えたのだし、これ以上巡に入り込むのは危険だとも思った。が、それを口にする覚悟はなくて、わたしは影の答えを待った。
「でも、わたし1人だと心細くて、だから、あの」
翠が続けようとしてる言葉に、わたしは再度固唾を飲む。
「ほんとに傲慢なのはわかってるんだけど、2人も来てくれませんか」
翠は深々と頭を下げる。
「この夏休み中だけでもいいから、2人にも来てほしい」
わたしの予想は的中した。巡に構うべきではないと思いつつ、翠の気持ちも尊重したかった。どちらかを選ぶなんてできなくて、わたしは影の判断に従うことにした。しばらくの沈黙が流れた後、影はやっと口を開いた。
「いいよ」
わたしは心の中で絶句する。影ならそう言うのではないかと心のどこかで思っていたことが、現実になる。
「俺にとっても巡は友だちだし、何よりあいつが何をする気か分からない」
結局こうなるのではと思ったが、本当に翠について行くとは、まさか思いたくなかった。が、影が行くと言った以上、わたしもそうせざるを得ない。
「うちも、行く」
「!……ありがとう、ありがとう2人とも」
翠は若干涙目で、そう告げた。
翠のまっすぐな表情が、どっちつかずで中途半端なわたしに深く突き刺さった。




