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「なんで鍵閉めないの」
カーテンは開いていても、雨模様のせいで全体的に暗い。巡の部屋の中、俺は呟いた。
「……影」
巡は今日はアニメを見ていた。俺はアニメを見ないのであまりわからないが、少なくとも楽しくはなさそうだった。
「1回部屋を出よう、外に行こう。最近バイトも行ってないだろ」
「お前には関係ねーだろ、なんで俺に執着すんだよ、あーあれか、俺がお前を昔助けてやったからだったな」
巡は皮肉っぽく言って、俺は図星をつかれる。が、理由はそれだけではない。
「それもそうだけど、巡は友だちだから、それにこのままだと翠が可哀想だ」
「翠が?なんで?」
巡のとぼけたような言い回しに、俺は心底苛立った。
「だから翠は、お前のことが好きなんだって。何度も言わせんなよ」
「知らねーよ、勝手に翠が好きになってるだけだろ。俺は翠を優しく遠ざけられるほど余裕ない」
「だからっ!その余裕をつくりに行こうって、部屋に閉じこもんのやめろよ!お前はそうでも、翠はずっとお前に期待して傷ついてんだよ」
つい口調が荒くなってしまう。何度も人を怖がらせた、低く鋭いこの声が嫌いだった。
「影には俺の気持ちわかんねーよ」
「っ、れはそうだけど」
「あれだろ?お前翠が好きなんだろ」
スマホの通知が鳴る。誰からのメッセージなのかは、察せた。
「じゃあもういーじゃんそれで。お前が翠を慰めればいーじゃん。俺いらないじゃん」
「そ、それでいいわけないだろ」
通知が鳴り止まない。
「俺は巡にも翠にも辛い思いをしてほしくない。だから巡にはもう現実を見てほしいんだ」
電話がかかってきた。相手が誰かは、確信している。
「そういやさ、朔は?お前朔はどうしたんだ?」
「朔、は、意見が食い違った。から、今は俺一人でお前を」
2回目の電話。当然無視するが、ポケットの中の振動が痛かった。
「お前見るとこちげえよ、俺や翠ばっかりじゃなくて、もっとさ、気にするとこあるだろうよ、俺なんかじゃなくてさ」
「は?」
電話が切れる。振動はなくなった。
「巡が辛そうなのが嫌なんだよ」
「お前、俺が辛いと思ってんの?」
巡がおもむろに立ち上がる。
「お前に、影に俺にとって何が辛いのかなんてわかんねえだろ!?」
「っ、でもやっぱりお前は現実を見た方がいいんだ、このままじゃ一生引きこもりだぞ!?」
「お前に言われたくねえよ!」
巡が俺に飛びかかってくる。俺は必死に受けた。胸ぐらを掴まれたので、咄嗟に巡を殴ってしまう。
「あっ待ってごめん」
「もう帰れよ!!」
巡はそれでも、俺の肩を強く掴んで揺らしてきた。
「もう俺なんか忘れてさ!翠と朔と仲良しこよししてろよ!」
「だからそれは無理なんだって!」
俺は肩を掴んでくる巡を突き飛ばす。思ったより簡単に、巡は倒れてしまう。それでも巡はまた立ち上がって俺に向かってくる。
「諦めろよ俺なんかに構うな!」
巡が眼前でそう叫ぶ中、俺は奥の玄関の方に、朔が立っているのを見つける。
朔は唖然とした表情で耳にスマホを当て、棒立ちしていた。
「なにしてんの……?」
朔はか細い声で言う。今にも泣き出しそうな、怯えた表情だった。朔の悲痛なその表情に、俺は叫ぶのを憚られた。
巡は朔の声に気づいたようで、俺に殴りかかろうとしていた手を止めた。
そして、ばたりと、床に崩れ落ちる。
「影、何してたの?」
「……LINEで言った通り」
しばらく沈黙が場を占める。その沈黙を最初に遮ったのは、朔だった。
「あんたたち二人の殴り合いとか見たくないんだけど」
巡が手で顔を覆って声にならない声で言う。
「はあ影に喧嘩挑むとかほんとどうかしてんな俺。勝てるわけねえだろ」
独り言のようだった。朔はもちろん、俺もなにも言えない。ただ朔の表情が痛くて、俺はそれに耐えられなかった。
「じゃあいいんだな?もう、俺はお前を助けに来ないぞ」
「え……?」
朔が小さく零す。
俺は巡の反応がないのを確認して、足早に玄関へ向かった。朔は戸惑って俺と巡を交互に見つめる。
「鍵、かけとけよ」
それだけ言い残し、俺は部屋を出た。
「ね、ねえ、影、結局どうするの?巡は」
巡はもう助けを望んでいない。だから俺は巡を回復させるのを諦める。そう、わざわざ答える余裕は残っていなかった。




