13
自転車を漕いでいると、海辺に一人で佇む天使をみつけた。急いで自転車から降りて駆け寄る。カゴのさっき買ったアイスの入った袋を持って、彼女まで近寄る。手が届くか届かないかの距離まで近づいた時、天使は振り返った。
その綺麗な横顔を、俺は一生忘れないだろう。
「あっ、あの、えと、4組の藤本さんだよね?」
「そうですけど」
天使はワイヤレスイヤホンを外して言った。
「おっおれ、俺5組の橘です」
焦って狼狽えて、手汗が滲み出てきてるのがわかる。
「あのさ!アイスあるから、一緒に食べん?」
これが、俺と霞の出会いだ。
本当は家で自分で食べるはずだったハーゲンダッツを、俺は袋から取り出す。
それを見て霞は、「わたし抹茶好き」と笑って言った。
「まじ?じゃああげるよ」
「ありがと」
「さっき急にごめんね、何聞いてたの?」
「あっえっとね、サウシードッグって知ってる?」
「あ待ってわかるよ!あのー、あれでしょ、シンデレラガール」
「シンデレラボーイ」
「ああそっちかごめん」
体温が高くて、俺のアイスだけ溶けるのが早かった。
どうやら霞は、放課後一人で海辺で音楽を聴くのが趣味らしい。何か家に帰りたくない理由でもあるのだろうか。たしか、えーっと、
「よいしょ」
おもむろに、霞は立ち上がる。
「どうしたの?」
俺は聞く。
「どうして、巡くんは助けてくれなかったの?」
「え」
突然頭が真っ白になった。霞は無感情な表情で、立ったまま俺を見下ろす。
「わたしがストーカー被害にあってること、どうして気づいてくれなかったの?」
「ごめん、それは」
突然、霞が豹変して俺の背中に冷や汗が伝う。気がする。
「なんで最後の最後まで、気づかなかったの?」
「ごめん、ほんとごめん」
違う、違う違う、こんな記憶はない、これは悪夢だ。
「もうこれいらない」
霞は手に持っていたアイスのカップを地面に置く。
「え?なんで?霞ハーゲンダッツ好きじゃん」
「わたし、行かなきゃ」
「待ってよ!」
霞は海の方へ向かって歩き出した。
「なんで?」
彼女の表情は、今までのどの瞬間よりも冷酷だった。
「待ってって!お願いだから!お願いだからそんな顔しないでよ、笑ってよ」
「でも巡くんはわたしのこと助けてくれなかった」
「待って、それは!」
「ばいばい」
「待って、行かないで!俺、俺さ、まだ」
砂場で足がもつれて思うように進めない。霞は既に海の中へ足を踏み込ませている。
「俺まだ、君に伝えないといけないことが!」
霞は振り返ることなく、海の中へ倒れ込んで行った。
待ってよ!
「――っ!!はぁ、っ、はぁっ」
俺は勢いをつけてベットから上体を起こす。
目眩と耳鳴りが激しく、まだ夢の中にいるようだった。両手でぬいぐるみを探す。右手にぬいぐるみの耳を捉える。少しだけ安心したような気がした。
瞬きをして初めて、自分が泣いていたことに気づく。ぬいぐるみを抱き寄せ蹲るようにして布団に潜った。
悪い夢を見た。霞との出会いの記憶が、間違った悪夢に侵食されたようだった。
スマホのアラームが鳴る。時刻を確認する余裕なんて俺にはなかった。




