12
「なんとか言えよ!?ああ!?」
背中に体温のある柔らかいものを守って、俺はひたすらに蹴りを受け続けていた。
まだ昼間で学生は学校で授業を受けているはずの時間だ。それなのに、この男たちは学ランを着たままタバコを吸っている。
「お前俺らの気分害して何様のつもりだ!?さっさとどけよごらあ」
自分よりも一回り大きい身体の男たちの前で、それでも俺は座り込んで、体を張って背中の猫を守っていた。
んなあ〜〜と、後ろから鳴き声が聞こえる。
それからしばらく蹴りを受け続け、男たちは諦めて去っていった。
男たちが完全にいなくなってから後ろを確認する。猫は無事に出産を終えているようだった。
母猫は大きいあくびをして、子猫を舐める。
俺はため息を漏らして、立ち上がろうとした時、眩む視界の向こうから、1人の少女が駆け寄ってくる。少女は見覚えのある黒髪を揺らし、丸い瞳をぱちくりさせて俺の目の前でしゃがんだ。
「影くん!?何してたのここで」
声と至近距離でやっと、相手が翠であることを理解する。
「ちょ、血やばい、すぐ洗いな」
そう言って翠はビニール袋の中から止血セットを取り出した。
「なんで持ってんの」俺が聞くと、翠はしばし沈黙した後に答えた。
「ごめんね、さっき影くんがずっとヤンキーたちに蹴られてるの見て、でも怖くて助けに入れなかった。だから警察電話してとりあえず薬局でいろいろ買ってきた」
「警察呼んだの?いいよ」
「え?なんで?」
「いろいろめんどい」
そう言って俺は立ち上がり、今出せる最高速度でこの場から逃走した。
「あっ待ってだめ!」
翠がそう言って追いかけてきた矢先、俺は目眩がして何もないところで転ぶ。立ち上がるのに苦戦していると、翠が追いついてきた。
「ほら危ないよ!」
翠はしゃがんで、俺の肩に触れて言った。
翠の肩を借りて公園のベンチに座った。
「猫ちゃん守ってたの?」
「まあ」
「でもあそこまでする必要ないよ、すごい痛そう」
「いやでも猫、出産してたし」
「えっそうなの?」
「いや、うん、まあ」
翠が消毒液やらで手当てしてくれているが、俺はその手を止めた。
「大丈夫、やんないで」
「うそ、絶対痛いって」
「慣れてるし」
「えええそなの!?」
俺は無言のまま。
「でもだめだよ、ちゃんとやんないと」
「いやいいっす」
「ちょっと待ってこれ治る?やばい、やけど?」
翠が俺の前髪を捲って額を見て言った。きっとタバコの痕が残っているのだろう。それでも俺にとっては、あのまま猫にタバコの煙が被せられるよりか自分の額に傷が残る方が幾分マシだった。
「ちょっと待ってね、ちょっと痛いかも」
そう言って翠はコットンに消毒液をつける。
「いいって!」
俺は思わず怒鳴ってしまう。
刹那の静寂。翠は目を丸くして、次第に瞳が薄く潤んだ。
「あっ、ごめ」
俺は零すように言う。
『影は目つき悪いし声低いし、そんなだから怖がられるんだよ』
いつかの日に朔が言った言葉を思い出す。実際それが原因で周りに人は寄り付かなくなった経験は何度もした。
だから、これも慣れっこだと思っていたのに。
頭から血が流れてきて、眼球が血に濡れる。片目の視界が赤く染まる。翠はハンカチを俺の手に握らせて言った。
「こめんね、でも、ややっぱり痛そうなのはやだよ」
声が若干震えていたが、俺の目をしっかりと見て翠は言った。
俺は手のハンカチを見て、柄が翠のスマホケースやSNSアイコンと同じモンチッチであることに気づく。
「いいよ」俺はハンカチを返そうとする。「いや使って!だって消毒液染みそうだし」
俺は少しの躊躇の後に、そのハンカチで額を抑えた。
「なんでそんな親切にしてくれるの」
「えっ親切かな」
「他の人に見られてもこんな心配されない。怖くないの?」
「あー、ちょっと怖かったけど、でもなんかほっとけなくて。それに全然親切なんかじゃないよ、なんとなくわたしがそうしたくなったからそうしただけで」
俺は額をハンカチで抑えるフリをしながら、顔を隠す。
人生で初めての体験だったのだ、人にこれほど気にかけられたのは。
「あっもう6時回ってるー。明日にするかー」
「えっごめん、なんか予定あったの?」
「えっうっ、ううん、なにも!えっとー、あのあれ、あのテレビ見たいだけだったから!」
俺は翠の無条件の思いやりに、呆然とする。この子は損をする性格をしている。自分の先約があったのに、それに構わず突然見かけた俺をわざわざ助けてくれたのか。それでいて俺に引け目を感じさせないように、あくまで先約なんてないかのように嘘までついて。
「痛くない?」
翠は優しい声音でそう聞き、俺の顔を覗き込む。
今までに感じたことのない、動悸がしていた。




