20XX年 9月4日 反抗的な女囚に教育的指導を施す
カギが開く金属音で、女子高生は目を覚ました。
といっても、腕は後ろに回され、足も揃えて固定されているこの姿で出来ることは、ほとんどない。
職員たちは足の拘束をほどき、彼女が立ち上がるのを補助してくれた。
女子高生は、この職員たちに抵抗しても無駄だという事を、昨日、自分の経験としてはっきりと理解した。いや、理解させられた、というべきか。
だから、拘束着のベルトが外されても、囚人服のサイズを確かめられても、抵抗することは無かった。
女性職員たちは、まるで彼女をマネキン人形でも着せ替えるように、淡々と作業を続けていった。
ただ、手錠が掛けられることは無かった。
二人の職員が付き添いながら、女子高生は独房に入れられた。
手が、自由だ。
ここ数日、不自由な思いをして来た彼女は、そんな事にさえ、戸惑いを覚えていた。
もう一人の職員が持ってきた、朝食のトレイに彼女の視線が引き寄せられる。
いい匂い。
すでに、身体が歓喜しているのが分かる。
女性職員たちが出て行き、カギか掛けられる金属音が響いても、彼女は落ち着いていられた。
食パンに、栄養がありそうなサワークリームをたっぷりと付けて、頬張る。
旨味が、口中に押し寄せてきた。
スープも、温かく身体中に染み渡っていく。
彼女は夢中で食べた。自分の手で、自分の意思で、誰にも世話されることなく。
私は自由だ。心からそう思えた。
~ ・ ~
運動場に、女性の囚人たちが集められて、体操をしている。
ラジオ体操だ。彼女ははっきり、それを理解できた。
身体が勝手に動く。リズムを、身体が覚えている。
私、陸上部だった。
思い出したわけじゃない。覚えているんだ。
身体を動かせば、もっと覚えていることを、思い出せるかもしれない。
彼女は無心で、手足を動かした。
曲が終わり、周囲の囚人たちが、ちらほらと何人かで集まっている。互いに顔見知りというか、同じグループなのかもしれない。
ギン子とトモ美、どこだろう……
周囲を探したけど、いない。
探しに行かなきゃ。
女子高生は、入口らしき所に向かって、歩き始めた。
壁際で立っていた刑務所の職員が、その様子に気づいた。
止めるか? いや、あの子は入所したばかり。もう少し様子を見るか。
しかし、ハンドレシーバーにはコールを入れる。
彼女の足が、明確に速くなった。
真っすぐ、入口に向かっている。閉ざされているにも関わらず。
刑務所の職員は、迷いなく警笛を吹いた。
ここで止まれば、お咎めはない。単にルールを知らなかっただけ。
少し注意すれば、それで収まるはずだった。
しかし、彼女はその音を聞いて、なおも走り出した。
もう一度、警笛を鳴らしたが、止まる様子はない。
刑務所の職員も、走り出した。
彼女の足が、かなり速い。しかし、事前にハンドレシーバーでコールしてある。待ち伏せのように、他の刑務所職員が、彼女を左右から挟み撃ちにするかのように、捕らえた。
「やだ! 放して! 私は何も知らない! 何もやってない!」
暴れて抵抗する彼女。だが、大の男が3人がかりで、しかも皆、刑務所職員として訓練を施されているのだ。
女子高生が、逃げ出せるはずも無かった。
~ ・ ~
「懲罰として、運動時間終了まで、直立不動の姿勢を保つように。補助としてロープの使用を施すように」
囚人たちの見ている目の前で、刑務所の所長は彼女にそう命じた。
直立不動?
ロープの使用を許可?
女子高生は、意味が分からなかった。
だが、すぐにその意味を思い知ることになった。
国旗を掲げる、金属の太い円柱に、ロープで身体を縛られてしまう。
「な、なにするんですか! やめて! はなして!」
叫んでも、藻掻いても、男性職員たちの手が緩むことは無かった。
こうしたことは時折あるらしく、手際が随分といい。
女子高生は、すぐに全く身動きが取れなくされてしまった。
叫ぼうとした、その視界に、他の女性囚人たちの視線が突き刺さってくる。
あの子、バカなんじゃないの?
脱走しようとしたの? おーコワっ。
困るのよね、こういう騒ぎを起こされるとさ。
世間知らずも度が過ぎるわね。
よほど、凶悪な犯罪を犯したのね。
育ちが悪いんじゃないの?
ヒソヒソ、ヒソヒソと、聞こえるか、聞こえないかのように囁かれる、悪口。
好奇と嘲笑の目線。
退屈な刑務所の中で、不意に降って来た娯楽扱い。
そして、脱獄は絶対に許されないという、刑務官たちの強い意志。
女子高生は、泣きたくなるのを必死に堪えた。
一度泣いてしまうと、多分、止まらなくなると分かっていた。
ここでは、私は人として扱って貰えない。
だったら、いっそ……
そう、思いたくなるのを、何とか、堪えた。
だって、私は何も知らない。
だって、私は何もやっていないから。
そのはず、だから。
~ ・ ~
4時間ばかり、縛られたままだっただろうか。
太陽が西の空に沈み始めようとして、囚人たちが皆、建物の中に入って行った後で。
ようやく、女子高生は円柱から解放された。
今朝の女性職員たちが、解放してくれた。
よく覚えている。この人たちには、逆らえない。
だから、再び腕を後ろに回されて、ベルト状の拘束具で固く戒められても、彼女はされるがままになっていた。
それに、抵抗しようにも、逃げ出そうにも、足が、がくがくと震えていて、うまく動いてくれそうにはない。
それでも、女性職員たちは彼女の腕を左右から掴んできて、彼女はそのまま引きずられるようにして、歩かされた。
懲罰房に入れられた彼女の前に、粗末な夕食が置かれる。
両手をほどいて貰えるはずも、無い。
彼女は、直接、口で食べるしかなかった。
食べなければ、だめだ。このまま弱ってしまったら、だめだ。
窮屈な思いを喉に押し込めるかのように、彼女は一心にパンを頬張り、コーンペーストやニンジンペーストを舐めとっていった。
(つづく)




