20XX年 9月3日 重要参考人の聴取を続行
職員に起こされて、目を覚ました女子高生。
昨日、お世話をしてくれた女性職員が、起こしに来たようだ。
そのまま、壁に掛かっていた女子高生の制服を手に取って、共用らしい更衣室に連れていかれた。
後ろ手に手錠を掛けられているので、脱走の恐れは無いとみなされたらしい。
「ワイシャツは、昨日のうちに洗っておいたわ。乾燥機にも掛けたので、乾いているわよ」
「あ、ありがとうございます……」
久しぶりに、人間として扱われた気がした。
不意に、涙が浮かんでくるのを感じて、女子高生は何とか堪えた。
「規則で、手錠を外すわけには行かないの。このままだと袖を通せないので、羽織るだけになってしまうわね」
着せて貰えるだけでも、感謝しないと。
女子高生は、そう思うことにした。
「赤い蝶ネクタイ、素敵ね」
「は、はい!」
そんなところに気が付いて貰えるなんて。女子高生は嬉しくなった。
少しでも、惨めな思いをしなくて済むように、気を使って貰っているのだと感じた。
「そうね、さすがにこれは、可哀想すぎるわ」
キャミソールの上に単に白ワイシャツを羽織っただけの姿に、女性職員は顔をしかめる。
「取り調べは男性刑事だし、せめて肩を隠せれば……」
女性職員は裁縫道具を出し、手早く針穴に白い糸を通した。
「動かないでね」
羽織らされたワイシャツの、腕が通っておらずにブラブラしている袖口に糸を何度か通し、腕に軽く密着するようにしてくれた。反対側の腕も、同じように処置する。
女性職員は、少し離れた所で、ワイシャツを羽織った女子高生を眺めた。
これなら、なんとか袖を通しているように見えなくもない。それに、何かの拍子に羽織ったワイシャツがずり落ちるのも防ぐことが出来る。
「本当はこういうことは命令違反だから、一応、内緒よ。ま、見ればバレちゃうけどね。ただ、後ろに手が回っているので、前のボタンを留めるのは無理ね」
そういって女子高生の肩を抱き、更衣室を一緒に出た。
~ ・ ~
本当は食べさせてあげたいんだけど、私、夜勤明けなの。
家に、あなた位の年頃の妹がいるんだけど、あの子、私が帰らないと、朝ご飯を食べて行かないのよ。
そういって、取調室の机の上に、牛乳を掛けたシリアルを置いて。
「詳しい事情は分からないけど、知っていることをみんな話せば、あなたも家に帰して貰えるわよ?」
そう、努めて明るい声で話した。
「私、何も知らないんです」
女子高生はそう言ったが、女性職員は首を振って。
「私に言ってもダメよ。取調官に言わないとね」
そう言って、手を振って取調室を出て行った。
カギが掛かる音。
残されたのは、手錠を後ろ手に掛けられた、赤い蝶ネクタイをして、前ボタンが留められないまま、はだけたワイシャツを着た女子高生と。
そして、朝食らしい、牛乳の掛かったシリアル、だけ。
「また、直接、食べなきゃダメなの?」
惨めな思いになりながら、それでも、お腹は空いている。
彼女は意を決して、口を付け始めた。
~ ・ ~
「私、何も知らないんです! 何もやってません! 信じて下さい!」
一体、何度、同じやり取りをこうして、繰り返しているんだろう。
昨日のベテラン刑事から、さじを投げられた、という形で回ってきた事情聴取。
若い刑事の方が、少しは話す気になるだろう、と思われたのだが。
「お願いします! 私じゃありません!」
そんなに大きな声で叫ばなくても、聞こえている。
「だから、まずは君の名前と住所、生年月日を……」
「そんなの関係ないじゃないですか! ここから出して下さい! 出して!」
彼女は興奮していて、手が付けられない。
誰だよ、一晩留置所に入れておけば、借りてきた猫みたいに大人しくなる、だなんて言った奴は。
「一旦、休憩にしよう」
若い刑事は、側にいた監視役の刑事に声を掛けた。
「ほら、トイレにいくぞ」
「な、なんで男の人と行かなきゃならないんですか! いやです! 女の人を連れてきてください!」
「ちょうど、女性職員が全員出払っているんだよ。手間を掛けさせるな」
「いやです! ぜったいにいや!」
大きな声で叫ばれて、監視役の刑事も困り顔である。
たまたま、近隣で事件が重なってしまっただけなのだが、この娘、肝心な事は何も言わないし、要求を叫んでばかりだし、まるで協力しようという気持ちがない。
交通課の婦人警官が、もう少ししたら帰ってくるはずだ。
管轄外だと叱られそうだが、何とかごまかして、面倒を見て貰おう。
そんなやり取りを眺めながら、若い刑事は思索を巡らせていた。
それにしても、この彼女のその格好は、なんとかならないのだろうか?
普通は、警察署貸し出しのスエットか、Tシャツとハーフパンツだろうに。
まあ、彼女も興奮しているので、自分の姿に気が回っていないのかもしれないが。
あのベテラン刑事の考えは、大体は分かるのだが、そういう所はよく分からない。
やはり、昭和の時代からの叩き上げは、我々の世代と違うんだろうな。
それにしても、薄暗くてよく見えなかったとはいえ、昨日の留置所での彼女が用を足す姿は、なんというか、妙に艶めかしかった。
役得とは、思わない。単に不発弾を抱えている気分だ。
トイレと聞いて、迂闊にも俺の下半身が反応してしまったしな。
絶対に本人の前では言えない。というか、バレたら俺の警察人生、終わりだな。
~ ・ ~
夕方近くになるまで、断続的に取り調べは続けられた。
そして、女子高生からは、全く何の情報も得ることが出来なかった。
とにかく「私は何も知らない。何もやっていない」としか言わないのである。
刑事たちは、当初の予定通り、彼女を留置所からいったん出して、刑務所に送ることに決めた。
これ以上取り調べをしても、埒が明かないと判断したのだ。
刑務所に送るためには裁判手続きが必須だが、すでに本人不在のまま、略式裁判で刑は確定している。
無論、彼女が何も話さない以上、その方面での罪状は立証できない。
しかし、公務執行妨害罪は間違いなく立証できるので、その罪名を適用することにした。
彼女の人権を守り、弁護するであろう両親は、全てを警察に任せている。
警察としては、法的な立場に配慮しつつ、彼女から情報を何とか引き出すしかない。本来は精神鑑定を受けさせるべきであるが、重要参考人の立場では、それを強制は出来ない。
しかし、罪人として一旦扱った後なら、それも可能だと判断されたのだ。
「いや! 放して!」
はだけたワイシャツから汗が飛び散っている。
しかし、幾ら抵抗しても、屈強な警察官二人の前に、女子高生にはなすすべが無かった。
彼女も、なぜ抵抗しているのかは分かっていないのかもしれない。
しかし、少しでも安心感を覚え始めたこの場所から出されるという事は、もっと自分の身に悪いことが起きるのではないかと思い込んでいるのだ。
その態度は、護送車の中でも変わることは無かった。
とにかく、自由にして欲しい。
とにかく、ここから出して欲しい。
女子高生は、力の限りに暴れた。
警察官たちも不審には思っている。普通、屈強な男性に、こんな華奢な女の子が抵抗してくるとは、あまり考えられない。
これでは、まるで獣でも扱っているかのようではないか。
だが、どう考えても力の差ははっきりしている。
護送するようにという命令を遂行すること自体は、難しい事では無かった。
~ ・ ~
彼女の反抗的な態度は、刑務所内に護送したあとも続いていた。
職員が規則に従い、刑務所内での心得を読み上げている間も「私は何も知らない」「私は何もやってない」と繰り返し、しきりにここから解放するようにと叫んでいた。
あまりに抵抗が酷いので、刑務所長の命により、今夜は拘束衣を着せて、懲罰房に監禁するようにと命令が出された。
女性職員が三人がかりで拘束衣を着せていく間も、女子高生はとにかく暴れ、とにかく叫んだ。
まるでそれが、自分自身の生きている証であるかのようだった。
協力的でないことは、よく分かっている。でも、これが彼女たちの仕事なのだ。
拘束衣を着ている間は、トイレには行けない。故に、大人用のおしめを履かせなければならない。
自分で履いてくれれば、何の問題もない。
だが、彼女はひと目それを見て、なおも激しく抵抗し始めた。
職員たちの声に、耳を貸すつもりなど無い。とにかく、絶対に従う気など無いという事は、よく分かった。
なるほど、確かにこれは、上層部から「特別案件」扱いされるだけの事はあると思えた。
しかし、人体の構造を熟知し、武術の心得を持っている女性職員たちである。一人が彼女を抑え込み、一人が彼女の下着を脱がせ、もう一人が素早く大人用オムツを履かせる。
そのまま彼女は手際よく拘束衣を被せられ、後ろに手を回され、ベルトで固定されてしまった。
手が使えない以上、もう自分で解くことは出来ない。
余りの屈辱だったのだろう。職員がいる間は、ずっと叫び続けていた。
が、職員たちに抱えられて懲罰房に入れられ、扉が閉ざされると、叫ぶ意味もなくなってしまった。
壁も床も、自傷行為を防ぐために柔らかい素材で出来ているその部屋は、防音性も高く、外に音は伝わらない。
それでも彼女は「私は何も知らない」「私は何もやってない」と、ずっと呟き続けていた。
やがて、力尽きたのか、彼女は倒れるように横になり、そのまま眠りに落ちた。
(つづく)




