炎の大魔導師と酒場 -7-
フレデリックはいまだ黙りこくっているわたしの頭越しに、酒場の店内をキョロキョロと見回すと、
「よし、きみ以外はだれもいないようだね。みな、競馬場に行っているようだ」
というと店内にズカズカと足を踏み入れ、中央まで進むと、腕を組んで辺りを見回しました。
「あなたは競馬場に行かなくてもいいのですか」
フレデリックがどんなにアホだとしても、彼は一国民です。
国民なら、ましてや街の中に競馬場があるリンリンシチーにいるのなら、競馬場でレースが開催されるというのに観戦に行かないなど、信じられないことです。その裏切りは非国民のレッテルを貼られてもいたし方ないほどです。
ましてや本日開催されるのは、G1レースです。仮に通常のレースであるなら、たとえば高熱が出て一歩も歩けないというのであれば、おとなしく家のベッドに寝ながら、テレビでレースを観戦することも許されるかもしれませんが、これがG1となるとまるで話がちがいます。どんなに高熱に冒されていようが、足の裏にできた魚の目が痛くて歩きにくかろうが、自身の人生にどんな不都合が襲いかかろうとも、地面を這ってでも、ひとめ走る馬をこの目に焼き付けるため、なんとしてでも競馬場に足を運ばなければいけない。それが大人の生きる意味であり、価値でもあります。
それなのに、大人の姿に戻っているフレデリックが、今、平然と無人の酒場に立ちつくしているということ自体が不自然であり、どうにも説明がつかないのです。
せめて、もう数時間後には始まるG1に向けて、ソワソワしているべきなのです。
「あ、ああ。そうだね。もう少ししたらわたしも競馬場に行くよ。なんといったって、今日はスプリンターズスタークスだからね。もちろん、行かない訳にはいかないさ。.......困ったな、まさか人がいるとは思わなかったな。それも酒場なんかにこんな少女が......」
まる聞こえのひとりごとを吐きながら、フレデリックはちらっとわたしを見下ろしました。
その目は、まさかわたしが炎の大魔道師ミリアだとは微塵も気づいておらず、相変わらずアホな目をしています。




