炎の大魔導師、風邪をひく -9-
「でも、あれはどうせこぼれてしまったんだから、どっちにしても人族であるおばはんにはもう飲めないペンよ、だから」
トビーは申し訳なさそうにしていますが、この場合においての加害者はペギーです。トビーはペギーにぶん投げられて、鍋に激突させられた被害者にほかなりません。
「オ、オレサマが悪かったんだ。つい、トビーを投げ飛ばしたりしたから」
そしてまた、一概にペギーが悪いというわけでもありません。口が悪いトビーに我慢の限界が来るのも理解ができますし、なにより双方だけになれば、このような事態が起こることくらい、想定できないことではありません。
「問題ありません。ラーメンスープはなくなりましたが、まだ望みは残されています」
床にころがっている鍋の底には、煮出しに使われた鳥もみじが何本も残っていたので、丁寧に1本ずつ網の上に並べ、
「プチファイア」
弱火でじっくりとあぶっていきます。
「ペギー、今度こそ、最後まで火の番をお願いできますか」
「もちろんです、おかみさん!」
トビーはといえば、買い出しに行ってもらいました。
通常なら、なんでおれがそんなことと、文句を言うところでしょうが、今回はスープを舐め尽くした負い目があるため、お腹が重そうでしたが、よたよたと出かけていきました。きっといい運動になるでしょう。
その間、もう一品作ります。
ラーメン用に用意していた中華麺ですが、運命が変わりました。
水で洗ってしめた中華麺に、刻んだネギとチャーシュー、ちぎった海苔を投入し、東洋の醤油と鍋底にほんの少しだけ残っていた鶏ガラスープをこそげとって作ったタレに絡めたら、まぜそばの完成です。
「40分経ちました、おかみさん!」
「ありがとうございます。いい具合に焼けましたね」
鳥のもみじはこんがりと焼きあがっていますが、これでまだ完成ではありません。
鉄鍋にとくとくと油を注いで、鍋底からプチファイア。
低温で、ふたたびじっくり鳥もみじを素揚げしていきます。
「時間はかかりましたが、鳥もみじの唐揚げ完成です」
「いい匂いペン。おばはん、仕方なくレモン買ってきてやったペンよ、感謝しろペン」
買い物袋を下げたトビーも、ちょうど帰宅しました。
賛否両論こそありますが、唐揚げにレモンは欠かせない派です。
最後にカップに溢れんばかりのハイボールを注ぎ、
「では、いただきましょう」
「オレサマも食べていいの?」
箸を置いたまま、三白眼のペギーが不安そうにこちらを見上げています。
「当然です。半分はペギーが食べてください」
「は、半分ですか? と、鳥モンスターのオレサマが半分も食べられるかな、うむむ。でも、食べなければ、おかみさんのご好意を裏切ることに、うむむ」
鳥のもみじはラーメンスープ作りに最適ですが、ポテンシャルは決してそれだけではありません。まだ煮出しきっていないのなら、このように皮や骨はパリパリとしてつまみに最適、旨味もしっかり残っています。
「熱々揚げたての唐揚げをつまんで、ツルツルの麺すすってるとこ悪いけど、おれの分は?」
声のした方に目をやると、いまだラーメンスープ色のトビーが、腹を抱えながら、呆然と立ち尽くしています。
「少々、何を言っているのか分かりません」
「え、おれ、レモンまで買いに行ったんだけどペン」
「そうですか。ありがとうございました。では、これを」
「レモンだけ!? おれの(冷ました)もみじの唐揚げと、まぜそばは?」
無論、なんどきも道はひとつだけではありません。AプランがだめだったときはBプランを選択する。そのように柔軟な対応を取ることで、人族は何千年と滅びることなく、この星に生きのびてきました。
「お、おれのごはん、せめて、フルグラとか、ミルク、を」
「……トビーはご飯抜きです」
鳥もみじの唐揚げはおいしいです。
しかしながら、ラーメンにすれば、もっとおいしかったはずです。
ラーメンスープ色に染ったトビーと、笑って食卓を囲む心の余裕は、炎の大魔導師といえど、持ち合わせてはいません。
「そんな!? 大人気ないペン! おばはんのくせにーーー!」
おばはんではなく、お姉さんです、と言い返すのが面倒なくらい、鳥もみじラーメンが食べたかったです。




