炎の大魔導師、風邪をひく -4-
「状況は理解しました。しかしながら、それで鍋の中身が喪失してしまっている理由にはなりません。鍋が倒れたのなら、中身はその辺にこぼれているはずです。それなのに、どうして床はこんなに綺麗なのでしょうか」
「言われてみれば、確かにおかしいですね……?」
ペギーは塵一つないピカピカの床を眺めて、首を傾げています。
「そうだ、どこかに転がって、冷蔵庫やシンクの下に入り込んでしまったとは、考えられませんかね」
「このように、床がピカピカなのにですか」
「えっ? それはどういう……? 床がピカピカなことと、鍋の中身が紛失したこと、なにか関連があるのですか?」
「当然です。鍋で煮出していたラーメンスープがこぼれたのですから、床はびしょ濡れになっているはずです。それが、このように床がきれいなままなのですから、鍋を倒しただけということでは説明がつかないのです」
しばらく嘴をパクパクと開けたり閉じたりしながら、ペギーの三白眼の目が一瞬、宙を仰ぎました。
「ラーメン……スープ?」
「はい、ラーメンスープです。先ほどペギーは、魔道アイテムがどうとか言っていましたが、なぜ、そのような思いちがいをしているのか、わたしには理解できません」
「だ、だって、おかみさんは炎の大魔導師ですよね、あのとき、オレサマに重要な仕事を任せるって言ったじゃないですか! オレサマ、てっきり、もっとこうプライドを持って臨めるような、炎の大魔導師様のお役に立てるような、立派な仕事だとばかり……。それが、まさか、たかがラーメンスープの煮出しだったなんて! 嗚呼っ……!」
「おまえはやはり大きな勘違いをしています。ラーメンスープを煮出す上での火の番とは、決しておろそかにしていい仕事ではなく、誇りもって立ち向かうべく唯一無二の重要な仕事です」
「唯一無二の……重要な仕事? そ、それじゃあやっぱり、ただのラーメンスープではなかったのですね! たとえば、それを飲んだら不老不死になるような、秘薬ともいえる特別なスープを作っていたのですね!」
期待に胸躍らせたキラキラの三白眼が、こちらを見上げています。
「いいえ。作っていたのは、鳥のもみじを煮出した、油たっぷりギトギトのラーメンスープです。ただし、コラーゲンが若返りの効能を示すといえば、不老の薬としてもまちがいではないのかもしれませんが⋯⋯――ペギー?」
ペギーはポカーンと嘴を開けたまま、焦点の定まらない目を天井に向けています。どうやら、すでに聞く耳は持ち合わせていないようです。




